安産祈願で有名な東京・杉並区「大宮八幡宮」は950年以上の歴史のある旧社です。その境内で、コロナ禍の不安を抱える妊婦さんの心の支えになろうとマザーチアリング(安産祈願)のイベントを半年間にわたり開催してきたのが株式会社オピカです。デジタル化、インターネットの普及などで大きく様変わりした印刷業界で、紙の文化を生かした持続可能な新業態を生み出したいと語る創業者の岡本明さんに、大切に育てたい事業に対する思いとオピカを支えてくれるステークホルダーについてお話を伺いました。
創業のとき助けていただいた方への感謝は決して忘れない
岡本さんは1993年に勤めていた印刷会社を退職して独立。杉並区堀之内に事務所を借り、オカモト印刷を設立しました。今はパソコン1台あれば印刷会社を創業できますが、当時は印刷機がなければ仕事にならない時代です。そのため、まずは設備投資のための資金繰りをするところからスタートだったそうです。
--独立して起業される際は受注の見込みなどはあったのですか?
いえ。私自身、もともとは独立しようと考えていた訳ではなかったので、準備も何もしていませんでした。でもいざ独立するとなったとき、仕事で関わりのあった方に、独立するなら助けになるよとおっしゃっていただいて、初受注をすることができました。
創業時に助けてくださった方というのは、今でも本当にすごく感謝しています。私の中で特に忘れられない方が2人います。そのことはこれからも本当に大切にしていかなきゃいけない。おひとりはすでに引退されていますが、もうひとりの方は今もお付き合いさせていただいています。その最初の取引があったからこそ、今のオピカがあります。だから、創業当時お世話になった方には常にありがたいという思いがありますね。
業歴を重ねて会社が成長期に入ると、今度は取引先さんとの付き合いが深くなっていって、そこから先は取引先さんのご紹介で事業が広がっていきました。
難しい仕事を助けてくれる取引先があったから、商売を続けてこられた
お客様への感謝
--感謝を伝えたいお取引先、仕入れ先をお聞かせいただけますか?
明和さんという製本屋さんは、どんな仕事でも無理難題とは思わず真摯に対応してくれました。
私は社員が仕事を受注する際に言うのです。「どうせやるのだから笑顔でもらってこいよ」って。「はい、わかりました!」ってニコニコして仕事をもらってきて、問題があれば後は私たちで何とかするからと。そんなときにいつも助けてくれたのが明和さんなのです。
印刷の仕事は、予算、スケジュールなどさまざまな課題があっても、発行日までに必ず製品にしなきゃいけない製造業です。紙やインクを調達して印刷後に、加工して製本までしなきゃいけない。どんな状況でも明和さんは「わかりました」って、笑顔で引き受けてくれて、本当に解決してくれる。できないときはできるところを紹介してくれたり、本当に感謝してもしきれないぐらい面倒を見ていただきました。
もう一人は、株式会社山櫻中野支店の当時支店長をしていた安田さん。彼も明和さんと同じで、困ったときやできないことがあるときに、何とかできるようにしてくれる。本当に助かりました。出会いというのは全て大切なものですね。
環境への配慮
--印刷業界は、紙やインクなどサプライヤーさんと共に環境保全なども問われてきたと思いますが、御社で取り組んでいることはありますか?
私は業界団体で委員をしていましたので、環境保全には割と早い段階から取り組んでいます。印刷業界では日本印刷産業連合会が制定した『印刷サービスグリーン基準』があって、オピカは2013年に『グリーンプリンティング認定工場』になりました。大気汚染につながる物質を工場で使用しない、古紙再生などリサイクルを推進する、騒音を出さない、廃棄物削減、地球温暖化防止に取り組むといったことを実行しています。
お渡しした名刺の裏を見ていただきたいのですが、使用しているのは紙ではなくてバイオマス樹脂なのです。バイオマス樹脂というのは、サトウキビなどの植物を原料とする樹脂で、植物が行う光合成によって大気中のCO2を吸収するため、廃棄焼却時のCO2排出量をゼロとみなすことのできるものです。こういったものを取り扱い、お客様にお勧めしたりしています。
時代の変遷に応じて業態を転換
岡本さんが創業した1990年代は1980年代から始まったデジタル化がさらに加速し、印刷工程は大きく変化していきました。2000年代に入るとインターネットの普及により、紙媒体の需要が減少し、印刷業界は紙に依存しない事業展開を迫られました。
--創業以来、印刷工程のデジタル化、インターネットの普及で大きな変化を感じながらの経営だったのではないかと思います。
弊社では印刷だけではなくて、デザイン部門にも力を入れてきました。イベントのグッズや看板、Webサイトの制作も含めて事業領域を広げていく中で、会社名をオピカに変更しました。
以前は社内でデザインから印刷までワンストップでできるという強みがありました。しかし今はそれが強みといえなくなりました。クラウドソーシングで安くデザインを募集して印刷データまで作成し、ネットで印刷屋さんに流す。コストをかけずに印刷物が出来上がる時代です。だからこそ業態をさらに変化させていく必要があります。さらなる先を見据えて、社員と共に考え、新しいオピカをつくっていく、今ちょうどそういう転換点です。
社員と家族への思い
当社の理念は、冒頭に「全従業員と家族の物心両面の幸せを追求する」と明文化しています。だから、まず従業員と家族を守らなければなりません。まずそこを担保していく。そのためには社会に必要とされる会社として、しっかりと利益を出す経営をしていかなきゃならない。コロナ禍で大変厳しい状況ですが、それは他の会社も同じです。社員と共に当社の個性を打ち出しながら前に進んでいきたいと思っています。
--御社の特徴的な事業についてお聞かせいただけますか?
大事に育てているのは、アルバムえほんという事業です。残したい思い出を写真と言葉で絵本にする。例えば『10ツキ10カものがたり』という商品ですが、お母さんになるみなさんは産婦人科でエコー写真を撮って、それを見たとき誰もが感動すると思うんですね。だからこそ、大切な思い出を絵本にして残していきたいと思い作っています。
このアルバムえほんという事業は実は厚木にあった会社を2016年に引き継いだものです。子供に関しての事業は興味があったし、アルバムえほんはみんなに絶対に喜んでもらえる商品。印刷で世の中に貢献できて、喜んでくれる人がいる。だからやってみたいと思いました。
--お客様の反応はいかがですか?
絵本が出来上がってお手元に届いたとき、やはりとても喜んでいただけますね。印刷とは伝えたいことを伝えるための1つの手段であり表現です。印刷を使って、どう表現していくか。そんなところを今後、強みとしてさらに伸ばしていければなと考えています。
アルバムえほん ウェブサイト
https://www.albumehon.co.jp
地域社会への貢献
コロナ禍で動き出したプロジェクト
コロナ禍でのステイホーム、人と会わない生活を余儀なくされていた去年7月、オピカでは岡本さんのある提案から、1つのプロジェクトが立ち上がりました。
--どのようなプロジェクトを始めたのですか?
世のママさん達を応援する、マザーチアリングというプロジェクトを始めました。で、現在は妊婦さんを対象に、#プレママ応援プロジェクトとして、杉並区にある大宮八幡宮にて、戌の日に安産祈願の御参拝にお越しいただいた妊婦さんにオリーブオイル石鹸、除菌スプレー、エコー写真アルバム等、5点~10点ほど入ったプレゼントを無料でお渡しするというイベントを開催しております。
フィンランドには、政府から出産を迎える全ての母親に対して、新生児が誕生して最初の1年に必要なアイテムが入ったマタニティボックスが配布されるという制度があります。福祉国家ですので、誰もが安心して赤ちゃんを育てられるようにと、この制度が始まりました。日本でも横浜の戸塚や鶴見で赤ちゃんの誕生を地域で見守ろうという「ウェルカムベイビープロジェクト」というのがありますので、以前からそんなことが杉並でもできないかなと思っていました。
新型コロナウイルス感染症が拡大し、自殺者が増えているというニュースを目にするようになり、社会全体で不安を持ちながら生きている人が増えています。そんな時代ですから、より一層、子供を産む前も産んだ後も、安心して育てられる世の中にしたいと、ウェルカムベイビープロジェクトのような存在が地域に必要なんじゃないかという思いが強まったのです。
赤ちゃんの誕生、成長を記録する、そういう商品を扱っている弊社ですので、今だから世のママさん達のために何かできないかな、と社員に問いかけてみたんです。すると社員たちが主体的に考え、動いて、マザーチアリングという形にしていってくれたのです。
このプロジェクトを引っ張ってくれたのは鈴木、真下、岡本、齊藤の4人ですね。本当に大変だったと思うんですよ。自分たちの思いが具現化していくのでやりがいはすごくあると思いますが、自分たちで知恵を絞りながらものを作っていくことってすごく大変じゃないですか。その一生懸命さに対して本当に頭が下がる思いです。
もちろんこのプロジェクトに限らず、全ての社員に言葉では言い表せないくらいの感謝をしています。後ろ姿に「ありがとう」って拝むほど。ただ、面と向かって言うのって難しいんですよね。言葉にすると本当の気持ちが伝えきれないような気がします。恥ずかしいのもありますけど、伝えるならきちんと言葉にして伝えたいので。でもうまく言葉にならないんです。だから拝むしかない(笑)。それくらい感謝してますね。
マザーチアリング
地元杉並区の妊婦さんを応援するプロジェクトを牽引したひとり、岡本さやさんにマザーチアリングの立ち上げの経緯や思いについて伺いました。
--プロジェクトについて教えてください。
アルバムえほんという事業は子供向けの商品ですが、何かお母さんの役に立つことができないか、という思いで立ち上げたのがマザーチアリングです。
戌の日の安産祈願で有名な大宮八幡宮様の境内をお借りして、妊婦さんが集まる戌の日に、出産前プレゼントを無料でお渡ししています。プレゼントは、弊社のエコー写真アルバム、そしてプロジェクトに対する想いに協賛してくださった企業様よりご提供いただいた商品です。
出産前のお母さんから産まれてきた赤ちゃんまで安心して使ってもらえるものを揃えました。去年9月に始めてから3月までに6回開催してきました。
このイベントの一番の目的は、実際に妊婦さんと会ってコミュニケーションを取ることで、不安を少しでも軽くするお手伝いができたらということです。コロナ禍で人と接することが少なくなり、出産前のデリケートな時期に精神的に辛い思いをしている方が多いのではないかと思ったんです。だから安産祈願に来たときに、私たちがそこにいて、気軽に声をかけていただけるようなイベントをすることで、妊婦さんの不安にちょっとでも寄り添うことができたらと思い、このイベントを開催しております。
--プレゼントを受け取られた妊婦さんの反応はいかがでしたか?
インスタで “孤独で不安だったので、お話しできる機会があって良かったです” といったメッセージをいただいています。私たちが目的としている妊婦さんの不安を取り除くという部分は少しだけどお役に立てているのかなと思っています。
1人じゃないということを多くの人に伝えたい
--今後、このプロジェクトをどのように育てていきたいですか?
周りに相談する人がいない方、経済的に余裕がない方、そういったいろいろな不安を抱える方たちにも届くような形でお渡しできたらいいなという思いがあります。
出産前プレゼントが届くことで「ちゃんとあなたが子供を授かっていうことを知っている人がいるよ」「相談できる相手がいるよ」「ひとりじゃないよ」と伝えることができたらと思うんです。規模を大きくするには弊社だけでは限界があります。今後は区や地域を巻き込んでのプロジェクトにしていきたいと思っています。
マザーチアリング インスタグラム公式アカウント
https://www.instagram.com/mothercheering/?hl=ja
未来世代への思い
--最後に、今後の御社について、どのような未来像を描いていますか?
印刷という文化は、世界三大文明の発祥と共に発展してきました。日本にも和紙という独自の文化があり、日本人のルーツにも深く根付いています。私は未来永劫、紙はなくならないと考えています。ただ、「伝え方」は変化していくと思うんです。紙は、その風合いや温もりと共に、そこに印刷された事象を伝え残していくことができる。その紙で伝える文化、新たな伝え方を生み出していくのが、今の私たちの使命じゃないかと思うんです。うまくデジタルやAIを使いこなしていくことも大切です。でも、だからこそ私たちはその真逆を行きたいんです。
これまで印刷業界は新しい技術が出たらそれを取り入れ、真似て革新していくという傾向がありました。これからは何をどう伝えていくかという、使い方そのものを作り出していくことが大事だと考えています。紙という特性を生かした持続可能な業態を考え、作り出していく。それがうちの良さとして現れればいいかなと思ってます。
【企業情報】
株式会社オピカ
代表取締役社長:岡本 明
〒168-0062東京都杉並区方南1−8−17
創業:1993年9月
事業内容:企画・制作・デザイン・広告代理業・各種印刷/加工・アルバムえほんの商品企画・製作
従業員数:20名
アルバムえほん https://www.albumehon.co.jp
マザーチアリング Instagram https://www.instagram.com/mothercheering/?hl=ja