人間の仕事の約47%がAIに取って代わられる 英オックスフォード大学のAI研究者であるマイケル・A・オズボーン准教授が、2013年に発表した論文「雇用の未来」で衝撃的な未来予想図を世に示した。それが示すように、近年では自動運転バスや無人の産業用ロボットの実証実験が進んでいる。
流通業界でもAmazonがレジのないコンビニを始めるなど、自動化の波がじわじわと押し寄せている。こうした社会変化の中で、流通業界の企業が生き残る術を編み出すべく立ち上げられたのがリテールAI研究会だ。同研究会の代表理事をつとめる田中雄策氏にそのねらいを聞いた。
リテールAI研究会とは
―どういう問題意識をもってリテールAI研究会を立ち上げられたのでしょうか?
きっかけになったのは、2016年末にAmazon Goがオープンしたことです。みなさんもご存知のとおり、当時はすでに日本の流通業界にEC大手サイトとしてのAmazonが入ってきて勢力を増していて、「この先リアル店舗はどうなってしまうんだろう」という漠然とした不安が業界内にありました。
当時はAIのことはまだ世間的にあまり知られていなかったものの、ちょうどその頃、「将棋の有段者がAIに敗北した」とのニュースも目にするようになりました。当時、僕は独立してタブレット決済機能をつけたショッピングカートを開発する会社を経営していたこともあり、「これはまずいぞ」と思うようになったのです。
―それはどのような理由で?
日本の人口が今後減りゆく中で、デジタル化の方向にシフトしていかざるを得ないだろうと肌で感じていました。そのときに、同じ業界の中でデータを取り合ったり衝突したりするようなことが起きてはなりません。Amazonはもちろん日本の流通業界にとって脅威ですし、中国のアリババも脅威になりうる存在です。
そのときに同じ日本の企業同士で争っているとそのような海外の脅威に飲み込まれてそこのシステムに取り込まれてしまうおそれがあります。そうなると非常にまずい。そこで、オールジャパンで連携すべきところは連携し、独自路線でいくところは独自路線でいくという方向性に持って行くほうがよいだろうと思ったんです。そのためには、まずリテール業界全体でAIに関する情報を共有したほうがいいのではないかと周囲の方々にに提案したところからこの研究会はスタートしました。
―オープンイノベーションをオールジャパンで、というと業界内でパイを食い合う者同士だから、腹の探り合いに終始してしまうようにも思うのですが。
企業が企業として生き残ろうとするとやはりそのようになってしまうので、基本的にはライトな連携・繋がり方が醸成できればいいなと思います。それぞれの企業は独自の技術なりデータなりをお持ちなのですが、そのままだと自社内の小さな効率化はできても業界全体の大きな効率化はできません。今はメーカーさんと流通さんと卸さんの間の受発注等の手法やデータが統一されていなかったりして、とても煩雑になっていて業務効率がいいとは言えない状態になっています。だから、業界全体でデータやシステムを統一すれば大変効率が良くなる。そのようなシステムの構築の一助となればと思っています。
何より、現在猛威を振るっているコロナ禍の影響が多くの経営者の意識を変えるのではないかと思います。業界内でパイを食い合うような熾烈な生存競争を繰り返してきた時代から、業界内で手を取り合うような共存共栄の在り方を真剣に模索する時代へ移行するのではないでしょうか。
―実際にリテールAI研究会ではどのようなことをされているのですか?
まず、協調フィルタリングを使った販促実験です。協調フィルタリングとは、多くのユーザーの嗜好情報の蓄積から、あるユーザーが好みそうなものを提示するシステムのことです。それを使って、購買行動の似た顧客をグルーピングし、そのグループが買う可能性の高い商品を並べて売る実験などをしています。たとえば、シリアルを購入する可能性が高い顧客が最も購入するのが菓子パンであるとのデータがあり、実際にシリアルと菓子パンを並べて売ってみると本当に売れたという実験結果が出ました。また、同じように協調フィルタリングを使って、あるエリアの地域ごとの嗜好の違いを店舗の棚割に反映させるとどうなるかの実証実験も行っています。
さらに、AIクラスタリングによるSKU絞込み実験も行っています。AIクラスタリングとは、AIを使って異なる性質のものから類似性を見つけて分類するものです。同じカテゴリーに属する2つの商品で、どちらかが欠けていても売上に影響しないと予想される商品を取り払い、空いたスペースを販促のために有効活用するものです。あるメーカーでは、空いたスペースを使って一番売れ筋の商品の量を増やすことで、欠品によるチャンスロスをなくし、補充する手間も少なくなったことで業務効率が向上しました。また、あるメーカーでは空いたスペースに販促用のPOPやサンプルを置いてみたところ、売上が上がったそうです。
―非常に実践に役立ちそうな実験ですね。
その他人材育成の一環として、「リテールAI検定」を実施しています。この検定は「基礎知識検定」と「技能実践検定」の2つがあります。前者はリテールAIでよく使われる用語や全体の流れについて、eラーニングで全体的に幅広く学んでいただき、その後その内容について試験を受けていただいてある点数を越えると認定するものです。後者は、実際にこちらが用意したプログラムに触れていただき、自分でカスタマイズしながら課題解決ができるよう育成するものとなっています。こちらは当初2日間集まっていただいての開催を想定していましたが、このご時世ですのでネットで受講できるようにしているところです。
リテールAI研究会で活躍する影の立役者とは?
―ステークホルダーメディアGURULIは、各組織のステークホルダーとの向き合い方をお聞きしているのですが、具体的に個社名をあげてステークホルダーとの関わりを教えてください。
基本的には、会員企業で構成されている組織ですから、主なステークホルダーは会員企業となります。会の設立時にはトライアルカンパニーさんにお世話になりました。
トライアルアルカンパニーさんは業界でも先進的な取り組みを行っている企業です。彼らのAI店舗は大型のデジタルサイネージが並び、天井にはスマートフォンほどの大きさのAIカメラが無数に吊り下げられています。こうした機材をAIによって管理・運用して、店舗運営にフル活用しているんです。
AI研究会の流通会員が入っていただくきっかけになったのも2018年3月に同社最初のスマートストアであるアイランドシティ店がオープンしたことが大きいと思います。アイランドシティ店は700台の店内AIカメラやデジタルサイネージを備え、レジカートによってお客様がレジを通らずに買い物ができるシステムを導入した等々最先端のテクノロジーが満載の店舗でこれを見たそれまで研究会への入会について興味はあるものの入会にまで至らなかった流通業界の方々が危機意識を持って我々の研究会に続々ご参加いただくようになりました。ちなみにトライアルさんは北部九州地区の既存店を中心にスマートストア化が進んでいて近年中に北部九州の60店が全てスマートストアになるとのことです。
―トライアルカンパニーさん以外で会の発足・発展に不可欠だった企業はありますか?
会の技術アドバイザーであるIさんですね。この方は大手日雑メーカーにお勤めの方なんですけど、もともと機械学習を独学で勉強しておられた方で、社内でもAIを使ったマーケティングの先駆者として活躍されています。当会のAI技術の精度が向上させられているのは、Iさんのおかげです。
彼の存在がなければ、こんなにさまざまな実験はできなかったでしょうし、この会も急速に大きくはなっていなかったと思います。
―素晴らしいですね。彼らのように、本業を持ちながらも熱心に参画されている方が他にもいらっしゃるんでしょうね。
当会の活動に100%コミットしてるのは僕だけで、あとのメンバーは業務委託の形で参画していただいています。Iさんのように、ほとんど趣味のような形でコミットしてもらっている方もいます。本来ならば優秀な人材を正規の職員としてかちっと囲い込むのが理想かもしれません。しかし、これからの時代を考えると、業界内でみんながゆるくつながりながら個々の役割に応じてコミットしていだたく形を目指しています。そういう姿が、新しい組織のあり方ではないかと僕は考えています。
―確かに、これからの組織のあり方って、「こういうことをしたい」というタイミングでコミットしたい人が集まるのが理想だと思います。
彼らがより自分の中で当会に対する優先順位を高めてくれるように、待遇も満足いくものにしたいのですが、彼らの持つ技術的価値を考えるとまだまだ足りていないなと感じます。それでも、積極的に当会の活動に取り組んでくださるので、彼らにはただただ感謝しかありません。
その分、いかに当会の活動を「おもしろい」「楽しい」と彼らに感じてもらえるか、というところに心を砕いています。僕がこの研究会を作ったからと言って僕が一番たくさん給料をもらおうとは全く考えていません。
―彼らのモチベーションを維持しつつ、会をハンドリングしていくのは難しいと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
「いいところに気が付きましたね」とよくお褒めいただくのが、テーマがちょうど時代にマッチしていて、AIに興味を持つ人も市場もパイが非常に大きいことです。テーマも「リテールAI研究会」とひとつに決まっていて、それに関して情報提供や実証実験、人材育成をする、というわかりやすさがよかったのではないかと思います。
うちの会にいろんな情報や人材が集まってきてくれて、そういう情報・人材をもとに何か新しい事業を生み出してくれて、それがうまくいくのが理想ですね。
3月26日のリテールAI研究会の勉強会の様子。コロナ禍の影響で多くの企業がオンラインから参加していた。
大きなエコシステムの中で個々の能力を活かしながら生き残れる時代にしたい
―最後にお聞きしたいのですが、どうすればステークホルダーを大事にする会社が増やせると思いますか?
「素晴らしい知識や技術を持っている人たちを大事にしなければ、自社も業界全体も成長できない」ということに、多くの企業や経営者の方が早く気づいてほしいですね。今の混迷する世の中でも成長できている会社は、おそらくそのあたりのことをよく理解されているので、業績好調で経営もうまくいってるはずです。なので、この記事を読んで自社がまだそこまでに至っていないと感じた方がいらっしゃれば、今からでも遅くないので経営方針をうまく転換させていってほしいですね。そのためにも、デジタルネイティブな若い人材にどんどん活躍してもらうことが必要だと感じています。
―AIや機械学習がどんなに進化しても、最後はやはり人だと。
そうですね。あとは先ほどもお話したように、業界全体で上下関係でも親子関係でもない、組織を超えた横連携をしていく仕組みを早く作ったほうがいいと思います。日本の企業の数はものすごく多いので、人口減少が続くであろうこれからの時代は淘汰される会社も出てくるかもしれません。
もし、高度な知識や技術を持った会社がその波にのまれてしまうのはあまりにもったいない話です。業界全体がゆるくつながっておけば、会社がなくなっても、大きなエコシステムの中で自分の居場所があれば、個々がそれなりに機能しながら生き残ってるのではないかと思います。
【プロフィール】
田中雄策(たなか ゆうさく)
1980年、株式会社電通に入社。東京ミッドタウンや日本橋などの都市開発を手掛ける。電通を退社後、2016年に株式会社Remmoを設立。さらに2017年5月にはリテールAI研究会を立ち上げ、代表理事に就任。以後現職。
リテールAI研究会
所在地:東京都千代⽥区大手町1-6-1⼤手町ビル SPACES内
代表理事:⽥中雄策
設立:2017年5⽉(活動開始2017年7月)
会員:正会員 90社 流通会員 29社 賛助会員119社
主な活動;
・正会員ミーティング、流流通部会、セミナーを通じてリテールAIの情報共有
・分科会での実験の実施
・リテールAIの啓蒙、普及
・リテールAI検定の実施など⼈人材の育成