
北海道福島町に突如現れた“死を運ぶヒグマ”。4年前の女性死亡事件、そして今月12日に新聞配達中の男性を襲った事件。その両方で、道の鑑定により同一個体の仕業と断定された。かつて「三毛別羆事件」で恐怖に震えた北海道に、100年を経て再び“人を襲うヒグマ”の影が忍び寄っていた。
DNAが語った「同一個体」 2人の命を奪った凶行
今月12日、福島町で新聞配達中の男性(52)が突如襲われ、命を落とした。現場に残された体毛を道の研究機関が解析したところ、18日に駆除されたオスのヒグマのDNAと一致。さらに、2021年に町内で77歳の女性が死亡した事件現場に残されていた体毛とも一致した。
北海道はこの結果を受け、「駆除されたヒグマが2件の致死事故の加害個体である」と断定。事実上、4年の時を超えて2人を襲った“異例の個体”だったことが明らかになった。
住民が抱く安堵と怒り「本当に防げなかったのか」
町にようやく訪れた安堵。しかし、胸に去来するのは“怒り”と“諦め”が入り混じった複雑な感情だ。
NHKの報道によると、20代の女性住民は「安心はしましたが、4年前にも女性が犠牲になっていた。住宅地への出没もあったので、先手を打てたのでは」と声を震わせた。
80代の男性は「駆除されてよかったが、日頃の草刈りやごみの管理を徹底していれば、そもそもヒグマが寄ってこなかったかもしれない」と語り、行政の“事後対応”に苦言を呈した。
「4年沈黙して再襲撃」 専門家も驚愕の個体行動
ヒグマの行動学に詳しい酪農学園大学・佐藤喜和教授はNHKの取材に対し、「4年の間隔を空けて再び人を襲う例はこれまで聞いたことがない」と異例さを強調した。
「ヒグマが意図的に人を襲ったというよりも、偶発的に出会ってしまったケースではないか」と分析する一方で、「周辺のごみ箱が荒らされていた事例も複数あり、餌付けされた可能性は否定できない」と指摘。人間側の“誘因”も視野に入れた再発防止を求めた。
三毛別羆事件の記憶、再び呼び覚まされる“北海道の恐怖”
1915年、苫前町三毛別で発生した日本史上最悪の熊害「三毛別羆事件」。体重340kg、全長2.7mのエゾヒグマが6日間にわたり開拓民を襲い、7人が死亡、3人が重傷を負った。集落全体が震撼し、軍隊すら出動する大騒動となった。
この事件では、ヒグマは人間の肉の味を覚え、通夜の最中に再び遺体を求めて家屋に侵入。女性を中心に複数人が命を落とした。まさに“人を狩る獣”の象徴として記録され、北海道の原風景に刻まれた恐怖そのものだった。
今回の福島町のケースでは犠牲者数こそ異なるが、「同一個体が複数回にわたり人命を奪う」という点で、三毛別事件以来の“凶暴熊”による被害と見る向きもある。
“野生との共生”か、“安全第一”か 問われる線引き
昨今、自然との共生をうたう行政方針が広がる一方で、人命が失われて初めて重い腰を上げる例も少なくない。「害獣」という言葉は消え、いつの間にか“彼らにも生きる権利がある”という観点が優先されるようになった。
だが、福島町の住民にとっては、「日々の暮らしをどう守るか」が何よりの現実だ。今回の一件は、単なる“野生動物との遭遇”では済まされない。「あのとき、もっと早く駆除していれば」――その悔しさは、4年前から町にずっと渦巻いていたはずだ。
“熊風”が吹いたあの日から、100年。いま問われるのは、人と獣の“境界線”である。