
中高年で発症するうつ病に、認知症の原因とされるたんぱく質「タウ」が関与している可能性があることが明らかになった。早期診断・治療の突破口として注目されている。
中高年うつ病に認知症物質 PETで異常たんぱく可視化
中高年で発症するうつ病や双極性障害といった「気分障害」の背後に、認知症の原因物質とされる「タウたんぱく質」や「アミロイドβ」が関与している可能性がある。国立研究開発法人・量子科学技術研究開発機構(QST)と慶應義塾大学医学部などの共同研究チームが6月9日に発表した。
研究チームは、認知症の早期診断や治療法の開発につながる重要な成果としており、「気分障害の一部が認知症の初期症状である可能性を裏付けた」として注目を集めている。
PET検査で明らかに 患者の半数にタウ病変
今回の研究では、40歳以降にうつ病や双極性障害を発症した52人と、同年代の健常者47人を対象に、脳内のタウたんぱく質およびアミロイドβの蓄積状況をPET(陽電子放射断層撮影)で調査した。
その結果、健常者ではタウの蓄積が見られたのは14.9%だったのに対し、気分障害の患者では50%と高率で確認された。統計学的に年齢や性別、認知機能などの影響を補正すると、その蓄積リスクは約4.8倍に上った。
アミロイドβについても、健常者の2.1%に対し、患者群では28.8%と有意に多く、これらの異常たんぱく質が気分障害の背景に存在している可能性が示された。
異常たんぱく質「タウ」とは?
タウたんぱく質とは、神経細胞内の微小管に結合して安定性を保つ役割を担っている物質である。しかし、これが異常にリン酸化されて蓄積すると、細胞の働きが阻害され、認知症を引き起こす要因になる。
アルツハイマー病をはじめ、前頭側頭型認知症や進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症など、いわゆる「タウオパチー」と呼ばれる疾患群で、このたんぱく質の異常蓄積が報告されている。
重症例では精神病症状とタウの関係も
研究では、幻覚や妄想といった精神病症状を伴う重症例では、前頭葉や線条体などの特定部位にタウの蓄積が顕著である傾向も明らかとなった。これはタウの蓄積が症状の重症度とも関係している可能性を示唆する結果である。
さらに、PET画像の解析からは、アルツハイマー型ではない「非アルツハイマー型」の多様なタウ病変も観察された。これにより、中高年で発症する気分障害の背景には、さまざまな神経変性疾患が潜在している可能性がある。
死後脳解析でも裏付け
研究チームはさらに、国立精神・神経医療研究センターの「ブレインバンク」に保管された208例の剖検脳を解析。40歳以降にうつ状態や躁状態を初発した21例のうち57.1%でタウ病変が確認され、他の症例(28.2%)と比べて有意に高い比率であったことが判明した。
また、気分症状の出現から認知機能障害が発症するまでには平均7年のタイムラグがあったという。このことは、気分障害を早期に発見・対応することで認知症の進行を抑えられる可能性を示唆している。
新しい診断と治療への期待
今回の研究に用いられたPET薬剤「18F-PM-PBB3(florzolotau)」は、QSTが開発した世界で唯一のタウ病変に特異的な診断薬である。従来は死後脳でしか確認できなかった病変を、生体内でリアルタイムに可視化することを可能にした。
今後は、この薬剤を用いた診断の臨床応用に向けた治験も進行しており、日本、台湾、米国での第1相および第2相試験がAPRINOIA社との共同で進められている。
気分障害の背後にある「見えない病気」
中高齢で発症するうつ病や双極性障害は、加齢や環境ストレスに起因する心の問題とされがちだが、今回の研究成果はその認識に一石を投じるものである。見かけ上は精神症状にとどまる患者の背後に、神経変性疾患が静かに進行している可能性があることが初めて明確に示された。
QSTの高畑圭輔主任研究員は、「将来、タウを標的とした薬剤が開発されれば、気分障害の患者も治療の対象となる可能性がある」と話している。
社会的背景と今後の展望
高齢化が進行する日本において、中高年層の気分障害は年々増加傾向にある。うつ症状は「年齢のせい」と見過ごされがちであるが、今回の研究はその先にあるリスクを明確に示した。
気分障害の早期介入は、患者本人だけでなく、介護者や家族の負担軽減、社会保障コストの抑制にもつながる。今後は、精神科医療と神経内科的アプローチの融合が求められるだろう。
参照:中高齢発症の気分障害に認知症の原因タンパク質が関わることを脳画像で実証‐QSTの独自技術でタウタンパク質病変を可視化し、客観的診断・治療へ‐(量子科学技術研究開発機構(QST))