
大阪・道頓堀のシンボルとも言える「グリコ看板」の下、通称「グリ下」は、いまや犯罪と隣り合わせの危険地帯として知られるようになった。若年層、特に少女たちが夜ごと集まり、性搾取や薬物のターゲットとなる事件が相次いでいる。大阪市は2025年3月、グリ下の遊歩道に高さ2メートル、長さ17メートルの塀を設置。若者の滞留を物理的に抑止する構えを見せた。
だが、その「封鎖」は、問題の本質的な解決には程遠い。行き場を失った若者たちは、再び別の場所を求めて移動する。水を押し返せば、その分だけ別の場所から噴き出すように、関係者の間では「第2のグリ下」が生まれるのではないかとの危機感が広がっている。
「100万なんか余裕で稼げる」――甘言で始まる搾取の連鎖
大阪府警は2025年2月以降、売春防止法違反の疑いで男3人を逮捕。少女2人を連れて北陸・東北地方を転々と移動しながら、連日複数の男性相手に売春をさせていたとされる。少女たちが「やめたい」と訴えても、聞き入れる者はなかった。
車内やホテルでの売春、過剰な医薬品摂取(いわゆるオーバードーズ)、そして組織的関与の可能性。これは単なる個別の犯罪ではなく、都市に潜む構造的な搾取の縮図でもある。
昨年11月には、「グリ下の帝王」を自称した男が不同意性交罪などで大阪地裁から実刑判決を受けた。被害者は女子中学生3人。さらに、10代の若者らに睡眠導入剤を渡すなどの行為もあった。
行政の対応と「次の現場」
市はハード面での対策として、2023年には周辺に防犯カメラを設置。さらに2025年の大阪・関西万博を前に、長時間の滞在を物理的に防ぐ目的で塀を設けた。だが、こうした対症療法的アプローチが、新たな「潜在的被害地帯」を生み出すという逆説にも直面している。
大阪市は一定の支援策も講じている。例えば、宿泊先のない若者に対し、借り上げた民間マンションの提供や見守り体制の構築などだ。しかし、それが十分に機能しているかどうかは定かでなく、支援にアクセスできない若者が依然として多数存在する。
府警は巡回や補導を継続する構えだが、ある捜査幹部は「イタチごっこになろうとも、若者を守るためには必要な措置」と語る。
なぜ「グリ下」なのか?都市空間と若者の“居場所”の再設計を
この問題の根底には、「都市の中に若者の安心して過ごせる居場所がない」という根深い課題がある。カフェも、学校も、家庭も、若者が安全に「佇む」ことを許してくれない社会で、グリ下は数少ない「ただいてもいい」空間だった。
若者取材を通じて見えてくるのは、単なる補導や監視だけではなく、都市政策・福祉・教育の視点から、若者のためのインクルーシブな公共空間の再設計が不可欠であるという事実だ。
国内外で、同様の課題に直面した都市では、「ユースセンター」「ナイトサポートカフェ」「24時間型福祉拠点」といった仕組みを導入する例も増えている。今後、大阪市がどのような“新しい居場所”を提示できるかが問われる。
次に「グリ下」となる場所はどこか。それを追いかけるのではなく、次こそ、若者が自らの足で立ち止まれる“場”を用意するべきなのではないか