
3月16日、東京。自民党の石破茂首相が、党内からの退陣要求の高まりに直面している。3月12日、参院議員の西田昌司氏が党参院議員総会で「この体制では参院選を戦えない」と発言し、予算案成立後に党総裁選を再度実施して首相交代を求める声が公然と上がった。
この動きは、昨年10月の衆院選での与党過半数割れ以降、少数与党として苦しい政権運営を強いられてきた石破政権にとって、正念場となる局面だ。夏の参院選を控え、党内結束と政権浮揚が急務となる中、石破首相の指導力と対応が厳しく問われている。
退陣要求の背景にある参院選への危機感
西田氏の発言は、7月に予定される参院選への危機感が根底にある。衆院選での敗北後、自民・公明の与党は衆院465議席のうち215議席にとどまり、過半数(233議席)を失った。石破首相は国民民主党との政策協議を通じて補正予算を成立させたものの、2025年度予算案の審議では野党との修正協議に追われ、「石破カラー」が薄れる状況が続いている。
参院では自公の非改選議席が75あり、過半数(125議席)を維持するには改選議席で50以上を確保する必要があるが、党内では「現体制では大敗必至」との声が広がっている。
西田氏は総会後、記者団に「衆院選で国民の審判が下った以上、参院選の看板を替えるべき」と強調。一部議員からは拍手が上がり、旧安倍派など保守系を中心に同調する動きが見られる。党大会後の9日には、小林鷹之元経済安保担当相が「首相の演説に具体性が欠ける」と批判し、高市早苗元政調会長もXで「楽しい日本への道筋が見えない」と苦言を呈した。これらは、参院選を前にした「石破おろし」の兆候とも受け止められている。
商品券配布疑惑:新たな火種
追い打ちをかけたのが、3月13日に明らかになった商品券配布問題だ。石破首相が3月3日に首相公邸で自民党衆院1期生15人との会食を開いた際、首相事務所が「土産」として1人10万円分の商品券を配布していたことが発覚。首相は13日夜、「私自身のポケットマネーで用意した。政治資金規正法には抵触しない」と釈明し、「家族へのねぎらいの意図」と強調した。
しかし、14日の参院予算委員会では「国民の常識と乖離している」と野党から追及を受け、「多くの不信と怒りを買ったことを深くおわびする」と陳謝した。与党内からも「首相自身の問題でかばいようがない」との声が上がり、公明党幹部は「クリーンな政治を掲げる我々との連携に傷がつく」と懸念を示している。
商品券問題は法的解釈が分かれるが、政治資金規正法が禁じる「政治活動に関する寄付」に該当する可能性が指摘されている。専門家は「原資が私費でも、配布の趣旨が政治的意図と見なされれば違法」と分析。首相は「過去にも同様の配布をしたことがある」と認め、「初めてではない」との認識を示したが、これが逆に「慣例化していたのか」との批判を招き、国民の不信感を増幅させている。
石破首相の対応と党内基盤の弱さ
石破首相は12日、公明党の斉藤鉄夫代表との会談で「心から感謝する」と応じ、連立維持への意欲を示した。しかし、党内基盤の脆弱さは否めない。昨年9月の総裁選では、高市氏ら保守派との溝が浮き彫りになり、衆院選後の混乱で支持はさらに揺らいでいる。政治資金問題や商品券配布疑惑も浮上し、野党は退陣要求のタイミングを見極めつつ攻勢を強める構えだ。立憲民主党は「与党の内紛は国民不在の証」と批判し、参院選での争点化を狙っている。
一方、自民党内では慎重論も根強い。幹部の一人は「首相交代が参院選にプラスになるとは限らない」と指摘。国民民主党との連携を重視する声もあり、予算案成立を優先しつつ様子見を続ける議員も少なくない。石破首相は9日の党大会で「わが身を滅して総力を尽くす」と参院選勝利を誓ったが、具体的な政策発信が乏しいとの評価が広がり、党内をまとめきれていないのが実情だ。
参院選と政局の行方
参院選は、6月の東京都議選と連動する異例の「12年に一度」の年でもあり、結果が政局に直結する。1989年には宇野宗佑首相が都議選と参院選で連敗し退陣に追い込まれた前例があり、自民党内では「36年前の悪夢再来」を危惧する声も上がる。石破政権が予算案を成立させられなければ、政府機能の停止リスクすら浮上し、「予算と引き換えの退陣」シナリオも囁かれている。
専門家は「石破首相の求心力低下は明らかだが、後継候補が明確でない点が政局を複雑にしている」と分析。高市氏や小林氏らが「ポスト石破」として名乗りを上げる可能性はあるものの、党内合意形成には時間がかかるとの見方が支配的だ。一方、野党側では国民民主党の玉木雄一郎代表が「103万円の壁」引き上げを巡り攻勢をかけ、与党との距離感を模索している。
今後の焦点
石破首相は地方創生や防災強化を掲げ、国民に成果を訴える方針だが、党内不満と野党圧力を抑えられるかが鍵となる。参院選まで残された時間は少なく、予算案審議の進展と党内融和策が当面の試金石だ。永田町では「石破政権の命運は今後数週間で決まる」との見方が広がっており、政局は不透明感を増している。国民の目も、混迷する政治への不信感と期待の間で揺れ動いている。