驚愕の過去の噂……学費免除で米軍入り、勲章も受章した「ガチ勢」の素顔

「別班ごっこ」「ただのミリオタ」。
偽造IDで米軍横須賀基地に侵入し、あろうことか東京都内での「駐車違反」で呆気なく逮捕された住友商事のイラク駐在員・水野圭隆容疑者(45)。ネット上ではVIVANTのような別班的存在か、はたまた米国の敵国の某国のスパイなのかなど色々な説が飛び交っていたが、本誌は、かつて彼を知る人物とのコンタクトに成功。
水野容疑者は、単なる“軍隊に憧れる商社マン”などではなかったことがわかった。
「2006年入社の商社界隈では有名人でした」
本誌がコンタクトをとったのは20年近く前に水野容疑者と仕事上の関わりがあったというA氏だ。A氏は水野容疑者の経歴について、次のように明かす。
「水野さんが、私の知っている水野さんと同一人物であれば……彼は2006年入社の商社界隈ではちょっとした『有名人』でしたよ。なにせ、経歴が異色すぎましたから」
カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で「国際紛争解決学」を専攻していたという水野容疑者。これだけでも十分エリートだが、彼の留学生活は一般的な学生のそれとは全く異なっていたという。
学費免除と引き換えの「米軍訓練」、そしてイラク戦争へ
A氏の証言によれば、水野容疑者はアメリカの大学への留学にあたり、あるプログラムに参加していたようだ。それは、学費免除の代わりに米軍の訓練を受け、卒業後に一定期間米軍で働くという過酷なものだったようだ。
「当時、水野さんは米軍の訓練を受けながらのアメリカ留学生活を綴るブログを運営していました(現在は削除済み)。そして驚くべきことに、彼は実際に『イラク戦争』に従軍し、米軍から勲章も授与されていたと思います」(前出・A氏)
現在イラク駐在の総合商社マンとして中東を飛び回っていた水野容疑者だが、かつては米軍兵士として、リアルな戦場のイラクに足を踏み入れていたことになる。まさに事実は小説よりも奇なり、だ。
念願の「兵器部門」への異動、スパイ説の真相は?
住友商事に入社後、水野容疑者はまず船舶部門に配属されたが、数年後には自ら希望を出していた「兵器(防衛・航空宇宙)部門」への異動を叶えている。中東・イラクを飛び回る総合商社のエリート駐在員は、かつてリアルな戦場の最前線で銃を握っていた「本物の元・米軍兵士」だったのだ。
この衝撃的な事実を踏まえると、彼の「米軍に憧れがあり、少しでも触れ合いたいと思った」という供述のニュアンスも大きく変わってくる。
「単なる憧れではない「強烈な帰属意識」
単に外から軍隊に憧れるオタクが、米軍の空気が吸いたいとミーハーな気持ちで忍び込んだのとはワケが違う。彼にとって米軍とは、青春時代に血と汗を流し、生死を共にした場所だ。過去に深く所属していたからこそ、米軍を身内や自分の出身母体のように捉える、強烈な帰属意識があったのではないか。
偽造IDを使ってまで基地内のレンタカーを乗り回した裏には、現在の民間人としての自分と、かつての兵士としての自分の境界線が曖昧になってしまっているノスタルジーが見え隠れもする。
リアルVIVANTか?急浮上する「真の別班」説
しかし、週刊誌記者界隈の間ではさらに恐ろしいもう一つの仮説が囁かれ始めている。それは、彼が本当に大ヒットドラマ『VIVANT』に登場する秘密組織「別班」のような、非公然の諜報活動を行っていたのではないかという説だ。
米軍の訓練を受け、実戦を経験し、総合商社の防衛部門でキャリアを積み、さらにはイラクの駐在員として中東のきな臭い情報に直接触れられる立場にいる男。そんな彼が、ただの感傷や趣味のためだけに、自身の社会的地位をすべて失うリスクを冒すだろうか。偽造IDの入手ルートがいまだ謎に包まれていることも不気味である。
駐車違反でバレたというのは、あまりに素人くさいミスに見えるが、それすらも何らかの高度な工作活動の過程で起きたイレギュラーだったとしたらどうだろうか。米軍内部の協力者との接触、あるいは日米を股にかけた非公式な情報収集活動。彼の実績と極秘の経歴を考えれば、国益や企業の思惑が絡んだ本物の諜報活動に従事していたとしても、全く不思議ではないのである。
「国家の陰謀」か、それともただの「マニアの暴走」か
事態は底知れぬ国際的な闇に繋がっているのか。だが、こうした国家を揺るがすような壮大なスパイ説に対し、前出のA氏は呆れたような口調で以下のように語っている。
「当時から水野さんは、筋金入りの軍事マニアでした。今回逮捕された件も、産業スパイや別班のような国家的な陰謀ではなく、単純に『ミリオタの熱が高じすぎた結果』ではないかと思います」
元米軍兵士であり、紛争解決のプロフェッショナルという華麗なる経歴。しかし、その実態は国家の密命を帯びた工作員などではなく、ただ己の欲望を制御できなくなった「こじらせすぎたミリオタ」に過ぎなかったのか。
エリート商社マンの転落劇は、事実は小説よりも奇なり、そして時として、小説よりもはるかに滑稽であるということを教えてくれているのかもしれない。



