
閉め切られた室内。外の光も、人の気配も遮断された空間で、拍手と笑い声が何度も起きる。机の上には100円で売られた食パンと日用品。空気が温まり切ったところで、男は言った。「これは食べる抗がん剤です」。
大阪府警が摘発した健康食品販売会社「メリーマート」の手口は、高齢者の不安と心理を巧みにすくい取るものだった。
「飲めば必ず細胞が増える」 虚偽の言葉が放たれた瞬間
大阪府警が特定商取引法違反などの疑いで逮捕したのは、健康食品販売会社「メリーマート」社長の五条俊明容疑者(76)ら3人である。
警察によると、2025年4月、堺市東区の店舗で70代の女性3人に対し、医薬品として国の承認を受けていないサプリメントを「抗がん剤と同等の効果がある」「飲めば必ず細胞が増える」と説明し、計約26万円分を販売した疑いが持たれている。
販売されたサプリは、がん治療に効果があるとする科学的根拠は確認されていなかった。それでも、その場にいた女性たちは、次々と箱を手に取ったという。
パン100円から始まる「一体感」の演出
メリーマートが使っていたのは、いわゆる「催眠商法」と呼ばれる手口だった。
同社はチラシで「食パンとスープのセット100円」「トイレットペーパー100円」などとうたい、高齢者を店舗へ呼び込んでいた。
会場は、外から中の様子が分からない閉鎖空間。出入り口は閉め切られ、数十人が同じ方向を向いて椅子に座る。
健康にまつわる話題、簡単なクイズ、笑いを誘う寸劇。時間が経つにつれ、会場には妙な連帯感が生まれていく。
「みんなが一気に買うので、自分だけ買わないのは損する気がした」
購入者の一人は、当時の心理状態をそう振り返っている。
催眠商法とは 拍手と空気で判断力を奪う手口
催眠商法とは、閉鎖された空間に人を集め、集団心理と高揚した雰囲気を利用して高額商品を購入させる販売手法である。特別な催眠術を使うわけではないが、結果として参加者は冷静な判断力を失っていく。
国民生活センターによると、特徴は三つある。
まず、日用品や食品を無料同然、または格安で配り、「得をした」という感覚を先に植え付けること。次に、出入り口を閉め切った外部から遮断された空間を作ること。そして、拍手や笑いを誘発し、「みんなが同じ選択をしている」という一体感を醸成する点だ。
今回の事件でも、健康不安を刺激する話題と軽い娯楽で場を温めた後、「今買わなければ損をする」という空気が作られていた。
被害者がだまされやすかったわけではない。病気や老後への不安を抱えるなか、周囲と同じ行動を取ることで安心を得ようとする心理を突いたのが、催眠商法の本質である。
拍手が鳴り、会場が一つになった瞬間。
その空気こそが、判断力を奪う最大の装置だった。
全国を巡る“期間限定店舗”と11億円企業の実像
メリーマートは1984年創業。大阪を拠点に、関西、東北、九州などで約2カ月限定の店舗を繰り返し開設してきた。
信用調査会社によると、2023年12月期の売上高は約11億3800万円。従業員はおよそ50人に上る。
クレームが出た場合は即座に返金に応じ、消費者センターや警察への相談に発展しないよう配慮していたとみられる。
実態が表面化したのは、2024年10月。高齢女性が金融機関で多額の現金を引き出そうとしているのを職員が不審に思い、警察に通報したことがきっかけだった。
奪われた判断力と、狙われる老後資金
国民生活センターによると、催眠商法に関する相談は年間1100件前後で推移し、契約者の半数以上が70~80代の高齢者だ。
閉鎖空間、集団心理、健康への不安。これらが重なったとき、人は冷静な判断を失いやすい。
センターの担当者は「格安や無料を強調する勧誘には警戒してほしい。老後資金を取り崩してまで必要な商品か、立ち止まって考えることが重要だ」と注意を呼びかけている。
大阪府警は、メリーマートが各地で同様の手口を繰り返していた可能性があるとみて、営業実態の全容解明を進めている。



