
「合格者なし」 たった5文字の掲示が、SNSで「神対応」「ガチすぎる」と祭り上げられている。 定員割れに喘ぐ私立大学が乱立する令和の日本で、なぜ藝大附属高(藝高)だけが「志願者全員不合格」という“殿様商売”を許されるのか?
その裏には、我々の財布(税金)に直結する、あまりに残酷で合理的な国家の論理が隠されていた。
「授業料11万vs100万」 激安価格の正体
まず、この数字を見てほしい。 音楽高校に通うための「年間授業料」の比較だ。
- 私立音楽高校:約100万円〜150万円
- 藝大附属高校:約11万5200円
桁が違う。実に10分の1以下だ。 私立であれば、生徒一人を不合格にするということは、年間100万円、3年間で300万円以上の「売上」を捨てる経営自殺行為に等しい。
だからこそ、多少レベルが低くても「補欠合格」を出して定員を埋めるのが、資本主義の常識だ。
しかし、藝高の授業料は月額わずか9,600円。激安牛丼チェーンも真っ青の価格破壊である。 なぜか? 残りのコストを税金が負担しているからだ。
「才能なき者に使う税金はない」という冷徹な通告
ここに「合格者ゼロ」の真意がある。 藝高にとって、生徒は「学費を払ってくれるお客様」ではない。「税金を投入して育てるべき投資対象」なのだ。
ある教育ジャーナリストは、この仕組みをこう解説する。「藝高に合格するということは、国から『君には国民の税金を投じて、マンツーマンの英才教育を施す価値がある』と認められたことと同義です。逆に言えば、見込みのない子を入学させることは、ドブに税金を捨てる『横領』に近い。
だからこそ、基準に達しなければ定員が空こうが『ゼロ』にする。これは学校のプライド以前に、納税者に対する義務なんですよ」
実は「受けたのも2人だけ」の年があった!
ネットでは「大量の受験生が散ったのか?」と騒がれたが、実態はさらにシビアだ。 過去の公式データを洗うと、作曲専攻の志願者は例年極めて少ない。2018年度などは、志願者2名で合格者0名だったようだ。たった2人しか受けず、その2人ともが「不要」と判断された年すらある。
「定員を埋めるために、とりあえず入れる」という温情は一切ない。そこにあるのは、「本物がいなければ、その年の椅子は空席でいい」という、徹底した実力至上主義だ。
これは「入学試験」ではない、「予算審査」だ
「合格者なし」の掲示を見て、「かわいそう」と同情するのは間違いだ。 これは教育機関が、自らの保身(定員確保)よりも、「国家予算(税金)の適正執行」を選んだ証拠である。
Fランク大学が留学生で定員を水増しして補助金をむさぼる現代。 「該当者なし」と言い切れる藝高の姿勢こそ、腐りきった教育ビジネス界への痛烈なアンチテーゼなのかもしれない。



