
大手商社系鉄鋼商社「伊藤忠丸紅住商テクノスチール」の元部長らが、再生可能エネルギー事業を名目に7億円をだまし取ったとして逮捕された。企業の信用と環境投資への期待を踏みにじった事件の全容と背景を検証する。
大手商社系の看板を背負った元部長ら逮捕事件の全体像
警視庁は13日、鉄鋼商社「伊藤忠丸紅住商テクノスチール」(東京都千代田区、以下テクノ社)の元土木建材部長で桜井宏至(57歳)と、職業不詳の瀬戸智範(73歳)を、詐欺および有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕した。捜査関係者への取材で分かった。いずれも認否は明らかにされていない。
再生可能エネルギーという社会的意義の高い分野と、大手商社グループの看板を利用した点で、本件の悪質性は際立つ。単なる金銭詐取にとどまらず、企業の信用、環境投資への期待、投資家の善意を同時に踏みにじった構図が浮かび上がる。
伊藤忠丸紅住商テクノスチールとはどんな会社か
テクノ社は、伊藤忠商事、丸紅、住友商事という日本を代表する総合商社三社が出資する鉄鋼専門商社である。鋼材の調達・販売を主軸に、建設、インフラ、製造業向けに事業を展開してきた。
一般消費者にとってはなじみが薄いが、業界内では「大手商社系」という肩書き自体が強い信用力を持つ。その看板は金融機関や取引先にとって、一種の保証として機能してきた。
一方で、株主商社からの出向者や転籍者が役員や管理職として多数在籍する体制が常態化していたとの指摘もある。関係者によれば、プロパー社員の給与水準は中小企業並みに抑えられる一方、株主出身者の待遇は桁違いだったという。こうした構造が、組織内部の監視機能を弱めていた可能性は否定できない。
ソーシャルレンディングを悪用した7億円詐取の手口
捜査関係者などによると、被害を受けた金融業者は、ソーシャルレンディングを展開するクラウドバンク・フィナンシャルサービス(CF社)だ。ソーシャルレンディングは、投資家から集めた資金を企業に融資し、返済金や利息を投資家に分配・償還する仕組みである。
2人は2021年12月から22年3月にかけ、CF社側に「テクノ社が連帯保証する」などと虚偽の説明を行い、偽造した委任状を示して金銭消費貸借契約を締結したとされる。融資は、再生可能エネルギー事業者「JEP」が大分市内で進めるバイオマス発電所の事業資金名目だった。
大手商社系企業が保証に付くという説明が事実であれば、金融業者が信用したとしても不自然ではない。その心理を計算に入れた手口だった。
部長職と実質経営者という二重の立場の悪用
桜井容疑者は、テクノ社に在籍する元土木建材部長であると同時に、再生可能エネルギー事業者「JEP」の実質的な経営者だったとされる。この二重の立場は、本来であれば厳格な利益相反管理が求められる関係にある。
大手商社系企業の部長職という肩書きは、単なる社内ポストではない。取引先や金融機関にとっては、その人物が属する組織の信用を体現する存在であり、発言や説明には重みが伴う。とりわけ「連帯保証」という金融取引上の重要事項を示唆された場合、その真偽を疑うハードルは著しく下がる。
一方で、JEP側の実質経営者という立場は、資金調達を円滑に進めたい当事者そのものだ。もし桜井容疑者が、テクノ社の部長という社会的肩書きを背景に、私的に関与する事業の信用補完に利用していたとすれば、それは明確な権限の逸脱である。肩書きと実態を意図的に使い分けたのであれば、背信性は極めて高い。
部長職という立場は、信頼の証であって、私物化するための免罪符ではない。この線引きが曖昧にされたとき、企業の信用は内部から静かに侵食される。
再生可能エネルギーを盾にした二重三重の悪質性
本件の悪質性を際立たせているのは、資金調達の名目が「再生可能エネルギー事業」であった点だ。脱炭素社会の実現は国策であり、再生可能エネルギー分野は社会的意義と将来性を併せ持つ投資先として認識されている。
ソーシャルレンディングを通じて集められた資金の多くは、個人投資家のものである。投資家は利回りだけでなく、「社会に資する事業かどうか」という価値判断を含めて資金を託している。その善意の上に、大手商社系という看板が重なれば、信頼はほぼ自動的に形成される。
もし容疑通りであれば、今回の事件は、環境投資への期待を巧みに利用した詐欺だ。単に金融業者を欺いたにとどまらず、再生可能エネルギー事業全体に対する不信を拡散させる結果を招いた。その影響は、真面目に事業に取り組む事業者や、健全な投資判断を行ってきた投資家にも及ぶ。
「環境」「再生可能」「大手商社系」という言葉の組み合わせは、本来、社会の信頼を集めるためのものだ。それを盾にした行為であれば、悪質性は二重三重に重なる。
個人の不正で片づけられない構造的問題と責任
企業側が本件を「個人の不正行為」として処理することは容易だ。しかし、それで説明が尽くされるとは言い難い。なぜ部長職にある人物が、社名を利用したかのような説明を外部に行えたのか。なぜそれを防ぐ内部統制が機能しなかったのかが問われる。
テクノ社は、大手商社三社が出資する企業であり、役員や管理職に株主出身者が多数在籍する体制が続いてきたとされる。そうした組織構造の中で、権限と責任の所在が曖昧になっていなかったか。出向者・転籍者を中心とした経営が、内部からのチェックを弱めていなかったかは、検証されるべき論点だ。
社会的肩書きを悪用した詐欺は、被害額以上に「信頼」という無形資産を毀損する。信頼は一度失われれば、回復に長い時間とコストを要する。だからこそ、本件を個人の逸脱で終わらせてはならない。
警視庁による捜査を通じ、資金の流れだけでなく、企業統治の実態や組織的な関与の有無まで含めた全容解明が求められる。責任の所在を曖昧にしないことこそが、失われた信頼を回復する第一歩となる。



