
秋田県大館市で10日早朝、名産として知られる比内地鶏約300羽が死んでいるのが見つかった。鶏舎近くに残された足跡はクマとみられ、市と警察は襲撃の可能性が高いとみて調べている。
同じ地区では前日、飼い犬1匹も死亡しており、今年相次ぐクマ被害の苛烈さを象徴する事例となった。子グマの目撃が増加する中、専門家は「個体数の膨張が顕著」と警鐘を鳴らす。人里を徘徊して育つ個体が次世代を生み、被害の連鎖が続く恐れがある。
秋田・大館市で比内地鶏300羽が死亡 鶏舎周辺にクマの足跡
大館市比内町大葛の住宅敷地内にある鶏舎で10日午前7時ごろ、この家に住む60代の男性が飼育中の比内地鶏を確認したところ、約300羽が死んでいるのを発見した。大館市とJAあきた北によると、前夜から早朝にかけて被害に遭った可能性が高いとみられている。
鶏舎周辺にはクマのものとみられる足跡が複数残されていた。市と警察は、クマが鶏舎に接近したことで鶏がパニック状態になり、圧死した可能性があるとみている。比内地鶏は約3か月齢で、今後商品価値が高まる時期を迎える直前だった。養鶏農家にとっては甚大な経済損失であり、地域産業への打撃も避けられない。
この現場からほど近い住宅では、9日に飼い犬1匹が死んでいるのが見つかった。状況からクマに襲われた可能性が高く、住民に不安が広がっている。
ペットや家畜まで標的に 「今年のクマは異常」との声
秋田県内では、12月に入ってもクマの出没が相次ぐ。例年、冬眠に向かったと考えられる時期にもかかわらず活動する個体が多く、地元自治体や警察への通報は減る気配を見せない。
農地の荒らしや人身被害に加え、近年顕著なのが家畜・ペットへの襲撃だ。今回の鶏舎被害は規模の大きさから注目を集めるが、地方では犬・猫が襲われる例が散発的に確認されている。特に秋田・岩手・新潟・石川といった豪雪地帯では、積雪前の餌不足がクマを集落へ誘引しているとの見方が強い。
地元関係者は「これまで経験したことのない状況だ」と口を揃える。今年のクマ被害件数は全国的にも突出しており、専門家の間では「人間の生活圏とクマの行動圏が急速に重なり始めている」との分析が進む。
子グマの目撃急増が意味するもの 個体数は確実に増加
今年、自治体や住民の目撃情報では、子グマの報告が例年になく多い。子グマが多く発見される背景について、野生動物の専門家は「成獣の繁殖率が上がっている可能性に加え、餌資源の変動が影響している」と指摘する。
子グマは生後1年から2年で独り立ちし、急速に成長する。山中で母グマの行動パターンを学ぶ従来の生育環境とは異なり、近年では人里周辺を徘徊する母子グマが増えている。こうした個体は、人間の生活圏にある食物に依存しながら成長するため、成獣になっても市街地への警戒心が薄れ、再び人間の営みに接近しやすくなる。
つまり、子グマの増加は「今後数年間で人里に出没する成獣がさらに増える」ことを意味する。個体数増加と人慣れの進行が同時に進む現状は、重大な負のスパイラルといえる。
「手遅れになる前に対策を」 地域社会に迫られる決断
全国的にクマの捕獲数は増えているが、それでも個体数増加のペースに追いつかないというのが現場の実感だ。加えて、捕獲や駆除に対する地域住民のスタンスも一枚岩ではない。自然環境の保全を重視する声と、住民の安全を最優先とする声は、しばしば鋭く対立する。
しかし、被害の急拡大を目前にすると、議論の先送りは難しい。鶏舎300羽の圧死、飼い犬の犠牲は、地域社会に突きつけられた警告でもある。人身被害が増加すれば、観光、農業、生業のあらゆる領域に影響が広がり、行政対応の負担も急激に膨らむ。
自治体はすでにパトロールやわな設置を強化しているが、根本的な課題解決には、森林整備、餌資源管理、住民教育、そして個体管理計画の再構築が不可欠だ。特に市街地で育った若いクマが成獣化する前に対策を講じなければ、被害の連鎖は止まらない。
未来のリスクをどう抑えるか 問われる「社会の覚悟」
日本のクマ問題は、もはや一地域の自然現象ではない。温暖化、里山の荒廃、人口減少による集落の空洞化といった社会構造の変化が複雑に絡み合い、全国的な課題として浮上している。今回の大館市の事例は、その現実を強く突きつける。
専門家は「今手を打たなければ、数年後には被害規模が現在の比ではなくなる」と警告する。クマが人里に定常的に出没する環境が続けば、人的被害のリスクは確実に高まる。問題の深刻化を回避するためには、行政、住民、専門家が共通認識を持ち、現実的な行動を取る必要がある。
クマの姿は山の象徴であり、自然との共生を想起させる存在でもある。しかし、共生の理念は、適切な距離と管理があってこそ成立する。最前線で被害に向き合う地域の声をどう生かすかが問われている。



