
週刊少年サンデーで連載中の『シテの花-能楽師・葉賀琥太朗の咲き方-』が、読者アンケートで上位を維持しているにもかかわらず、誌面では後方に配置され続けていた。
その理由を原作者・壱原ちぐさ氏がSNSで告白し、担当編集者による“入稿忘れ”や無断改変といった制作現場の実情が明らかになった。伝統芸能を扱う人気作品だけに、読者の反応も大きく、作品と編集体制をめぐる議論が広がっている。
能を題材にした稀有なマンガ、支持の高さと読者層の広がり
『シテの花』は、事故で顔に傷を負った元アイドルの少年が、能楽の世界と出会い、再生の道を歩み始める物語だ。少年誌では珍しい能という題材を、迫力ある描写と緻密な取材によってドラマチックに描き出し、連載開始から高い評価を受けてきた。
作品では、能楽師の所作や装束の扱い、舞台裏の緊張感まで丁寧に描き込まれており、能に馴染みのない読者でも物語に引き込まれる構成が際立つ。
能楽関係者の多くが取材協力を行い、「これをきっかけに能に触れる人が増えてほしい」という期待も乗っている。こうした背景が読者層を広げ、アンケート順位は20前後の連載作品の中で平均7位前後を維持している。
本来であれば巻頭付近への配置もあり得る数字だが、現実には誌面後方での掲載が続き、周年カラーも巻頭ではなくセンター扱いとなっていた。この扱いの差が、壱原氏の長年の疑問として残っていた。
“締切翌日に入稿”という衝撃 人気作の扱いを左右した担当者の遅延
壱原氏はSNSで、担当編集者が原稿を締切翌日に入稿していたという事実を明かした。自身は締切の三日前ほどには原稿を提出していたが、編集部に届く時点で遅延作品として扱われていたという。
編集部では、締切を守れない作品は巻頭付近に配置するリスクが高いと判断されることがあり、その影響が掲載順やカラー扱いに反映されていた可能性が高い。
壱原氏が「しょうもない理由で実害が出る」と悔しさをにじませたのも当然で、人気作の“見え方”が担当者の怠慢によって左右されていた事実は、創作者として受け入れがたいものだった。
無断改変や連絡放置 信頼関係を損なった複数の問題
今回の告白では、入稿遅延だけでなく、他にもいくつかの問題点が明かされた。
校了日の最終確認が行われないまま進行したこと、セリフの一部が作者の了承なしに変更されていたことなど、編集者として基本的な業務姿勢を欠く行為が重なっていた。
とりわけセリフは作品の世界観を左右する重要な要素であり、作者に無断で変更する行為は信頼関係を深く損なうものだ。新担当者に確認したところ、「入稿作業を忘れていた」という言葉が返ってきたという。壱原氏が「心の糸が切れてしまった」と語った背景には、制作現場を支えるべき立場の人間が、作品への責任を軽んじていたという深い失望がある。
SNSで広がる反響 読者の怒りと編集部への不信
この投稿が広まると、SNSやコメント欄では大きな反応が生まれた。
「毎号『シテの花』を真っ先に読んでいた」「掲載順が低いのが不自然だと思っていた」という声が相次ぎ、作品が人気に比して正当な扱いを受けていなかったことに怒りや戸惑いを示す読者が多かった。
また、「担当が変われば作品にもっと光が当たるはず」「こんなに面白いのに後半掲載はおかしい」といった意見も目立ち、今回明らかになった不手際が作品の価値を適切に伝えられない一因になっていたことを指摘する声も少なくない。
一方で、「作者をこれ以上傷つけたくない」「過度な個人批判にならないように」という冷静な視点も見られ、SNSでは壱原氏の心情に寄り添う動きも広がっている。
伝統芸能を背負う作品の名誉 作者が告白を選んだ理由
壱原氏が告白に踏み切った理由のひとつに、「本当は人気だという事実を読者に伝えたかった」という思いがある。掲載順とアンケート順位が大きく乖離した状況は、作品の勢いが低下しているかのような誤解を招きかねない。
さらに作品には、能の魅力を若い世代に伝えたいという能楽関係者の強い願いも託されている。
壱原氏は、「作品の名誉を守らなければならない」との思いから、内部で抱え続けるよりも、読者に真実を明かす道を選んだ。
投稿の最後で「前担当者を叩かないであげてほしい」と呼びかけた点には、怒りの奥にある冷静な判断が表れている。攻撃ではなく改善を望み、作品と読者との信頼関係を取り戻そうとする姿勢がにじむ。
今回の件は、作家と編集者の協働関係が作品の評価に直結するという当たり前の事実を、改めて突きつけるものとなった。『シテの花』が今後、作品本来の評価と読者の支持に見合った扱いを受け、能という伝統芸能の魅力をさらに広げていくことを期待したい。



