
岩手県北上市の温泉施設で清掃中の男性が行方不明となり、17日朝、現場近くでクマ1頭が射殺された。そのすぐ近くの山中で男性とみられる遺体が見つかり、警察が身元の確認を進めている。周辺では今月、別のクマ被害も発生している。
温泉での清掃中に行方不明
16日午前11時15分ごろ、北上市和賀町岩崎新田の瀬美温泉で、男性従業員の姿が見えないと支配人から警察に通報があった。
行方が分からなくなっているのは、同温泉の従業員で清掃作業をしていた笹崎勝巳さん(60)。
警察が現場を確認したところ、露天風呂に直径50センチほどの血痕が複数あり、清掃用具や眼鏡が露天風呂下の川辺に散乱していた。
露天風呂と川の間に設けられた柵には血が付着しており、警察はクマに襲われ連れ去られた可能性が高いとみて捜索を開始した。
翌朝、クマを射殺 近くで遺体発見
17日午前8時から、警察と猟友会など約40人が体制を組み捜索を再開。
午前9時すぎ、瀬美温泉からおよそ100メートル離れた山中でツキノワグマ1頭を発見・射殺した。
その直後、クマのいた場所の近くで1人の遺体が見つかった。遺体の性別は男性で、笹崎さんの可能性が高いとみられている。
警察は現場の状況を詳しく調べ、DNA鑑定などで身元を確認する方針。
相次ぐ熊被害 地域に緊張
現場周辺では今月8日にも、山林で男性がクマに襲われ死亡する被害が発生している。
今回の現場はその場所から約2キロの距離で、同一個体、または複数の熊による連続被害の可能性もあるとみられている。
岩手大学農学部の山内貴義准教授は、「短期間に近い場所で人身被害が相次ぐのは異例。熊が人間を餌と認識した可能性もある」と指摘。
「山際や川沿いの地域では、日中でも戸締まりを徹底してほしい」と注意を呼びかけている。
観光地を襲った“想定外”の脅威
瀬美温泉は北上市中心部から車で約30分、観光客にも人気の温泉地。
地域住民や観光業関係者からは「人里の温泉で襲われるとは想像もしなかった」と不安の声が上がっている。
地元自治体は周辺の登山道や温泉施設の利用を一時制限し、外出自粛と熊への警戒強化を呼びかけている。
県内では今季、熊の出没が過去最多ペースで報告されており、行政や警察は人身被害防止のための緊急対策を検討している。
熊被害の現状と対策
環境省のまとめによると、令和5年度(2023年度)には全国で熊による人身被害193件・被害者数212人(うち死亡6人)が確認され、統計開始以来最多となった。特に東北地方を中心に秋以降の出没件数が急増している。
岩手県でも今年4月から10月中旬までに29件・30人の人身被害が報告されており、県内の出没件数は前年を上回るペースで推移している。
県は、被害防止に向けて出没情報の即時共有や草刈りの強化、熊撃退スプレーの貸与制度を拡充しているが、現場では対策人員の不足や高齢化も課題となっている。
専門家は「山の餌不足や気候変動が背景にあり、単なる駆除では解決しない。個体数の管理と人の生活圏の線引きを進める必要がある」と指摘。
人と熊の生息域が重なりつつある現状に、行政と地域の連携体制の強化が急務となっている。