湯島のアオザイバー摘発、笑顔の奥にあった違法営業の実態

東京・文京区の歓楽街、湯島。その片隅で、異国情緒漂うベトナムガールズバーがひっそりと営業を続けていた。だがその裏側では、風営法に背いた“無許可接待”が常態化していた。
6月4日夜、警視庁保安課はガールズバー「LAM」の経営者でベトナム国籍のグエン・ティ・フオン・ラム容疑者(30)を風営法違反(無許可営業)の疑いで逮捕した。逮捕時、店内では民族衣装「アオザイ」をまとった女性従業員が、客と酒を酌み交わし談笑していたという。
容疑を認めたグエン容疑者は、「いつかは摘発されると思っていた」と供述。共に逮捕された従業員のベトナム人女性2人も、無許可営業での接待を行っていた事実を認めている。
急増するベトナム人労働者、その影で広がる“異国の夜文化”
ベトナム人が日本に根を張りはじめている。法務省出入国在留管理庁の発表によれば、2024年末時点での在留ベトナム人数は63万4,361人となり、前年末から6万9,335人増加した。これは全在留外国人の約17%を占め、中国に次ぐ国籍別第2位である。
また、厚生労働省の発表によると、2024年10月末時点でのベトナム人労働者数は57万708人で、前年から10.1%増加し、外国人労働者全体の約25%を占めている。ベトナムは2020年に中国を上回って以来、外国人労働者数で首位を維持している。
2010年と比べると、実に10倍以上の伸びである。
当然ながら、同郷の人間は自然と特定の街に集まり、コミュニティを形成していく。湯島もその一例だ。かつて中国系や韓国系クラブが多かったこの地域に、近年はベトナム人によるバーやラウンジが一気に進出。背景にはコロナ禍での店舗撤退と、湯島という街が持つ「外国人に優しい物件事情」がある。
この地域で長く働くキャッチはこう教えてくれた。
「新宿や池袋は家賃も保証人も厳しいけど、湯島は違う。昔から多国籍な街で、オーナーも外国人慣れしている。要は外人でもテナントを貸してくれやすく、ベトナム人が入りやすい構造になってるんですよ。そこに彼女たちの“アオザイ文化”が加わったんです。昔は韓国系などの他に、ロシアやフィリピンパブってイメージもあったけど、『Queen』と『333』というベトナムガールズバーがオープンしてから変わりましたね。すぐに人気店になって、気づいたら、ベトナム系のお店であふれるようになっていた」
行政指導2回でも改善なし…8500万円売り上げた“無許可帝国”
警視庁によると、「LAM」は令和5年4月と11月に行政指導を受けていた。だが、接待営業をやめる様子はなかった。むしろ同年12月以降だけで、売上は8500万円を超えていたとみられる。
店内は、赤い照明と異国の音楽が交錯する独特の空間。アオザイ姿の女性たちが微笑み、客のグラスに酒を注ぐ。カラオケが始まれば、店内は“熱帯の宴”へと変貌する。
週末ともなれば、文京区であることを忘れるような光景が広がっていた。
湯島という街が持っていた異国情緒と“男の逃避先”
湯島は、江戸時代から湯島聖堂・天満宮で知られる文化と信仰の地だった。だが昭和以降は、寄席やスナック、ラブホテルなどが混在する“男の夜の街”としての色合いを強め、近年では多国籍な顔を持つエリアへと変貌していた。
ある50代の常連男性はこう語る。
「会社で嫌なことがあっても、あそこに行くと現実から離れて世界が遠くなる感じがしてさ。アオザイのお姉ちゃんが“オニーサン、ダイジョブ?”って笑ってくれるだけで、こっちも“ダイジョブ!”って元気になるんだよ(笑)」
「LAM」はそうした“逃げ場所”としての側面も持っていた。
「アオザイって、なんか懐かしいんだよな。昭和のスナックの優しさと、南国の柔らかさが混じってて。別にエロだけじゃない。ただ、疲れた男のための空間だった」
違法営業は許されないが、そこに癒やされていた者がいたこともまた、否定できない事実である。
元祖ベトナムバーから独立、摘発された女王に待ち受ける現実は?
グエン容疑者は、過去に湯島で「ベトナムバー発祥の店」と呼ばれた先述の店舗で働いていた経歴を持つ。2024年10月には、その元勤務先が一斉摘発され、経営者ら17人が逮捕されたが、彼女はその後に独立。「LAM」を立ち上げ、自ら経営者となった。
合法風を装いながらも、実態は無許可・無届の“夜の商い”。ビザの種類は「留学」。働く資格はなく、裏では不法就労助長の構図も。「グエン容疑者はこのままベトナム送りだろう。お店のオープン時期から考えて投資回収はできていないだろうから、運が悪かったな」と先述のキャッチは語る。
警視庁は今後、さらなる違反事例の洗い出しに乗り出す構えだ。
文化と風俗のグレーゾーン…異国情緒が商品になる瞬間
湯島のベトナムバーでは、文化と風俗の境界が極めて曖昧だ。アオザイを“民族衣装”として打ち出しつつ、実態は日本型接待の焼き直し。時に“お持ち帰り”まで黙認されるケースもある。
料金は30分1500円。ガールズバー相場としては標準的だが、指名料・カラオケチャージ・ドリンク代が重なると、1時間で軽く1万円を超える。
だがそれでも、夜9時の湯島には、アオザイ姿の女性が「オニーサン、一杯ドウデスカ〜?」と声をかけてくるのだ。
異国の香りとともに、現実から逃げたい中年男性の心を射抜いてくる。
消えゆく“アオザイの夜”の記憶、そして次なる摘発は?
グエン容疑者の逮捕は、湯島の“夜の文化”に一石を投じた。しかし、それはあくまで氷山の一角にすぎない。コロナ禍を機に再編された“夜の街”の中で、今もひっそりと、異国の笑顔が客を待っている。
そして湯島では、ひとつ、またひとつと赤いネオンが消えていく。
「合法か違法かの前に、あの空間には確かに、何かがあった」
男たちの記憶の中には、アオザイをまとったベトナム女性たちの微笑みが静かに残っている。日本人女性にはない、どこか懐かしく包み込むような愛嬌。年齢も肩書も問わず、疲れた中年男性たちをも、まるごと受け入れてくれるようなその優しさこそが、湯島の夜が長く愛されてきた理由だったのかもしれない。だが、そのぬくもりが違法とされ、街から消えた今、彼らの行き場はあるのだろうか。
ロックグラスの中で、ウィスキーに溶けた氷がひとつ「カラン」と鳴る。
音もなく訪れる夜、ふと立ち止まったとき、誰にも必要とされていないような気がしてしまう。
“アオザイの微笑”が灯してくれた、ほんの短い癒やしの時間。あの夜の記憶だけを抱えて、心寂しいおっさんたちは、これからどこへ向かえばいいのだろうか。