
フリーランスのライターやイラストレーターにとって逆風が強まっている。ChatGPTをはじめとする生成AIの登場以来、クラウドソーシング上のライティング案件数や発注額が大きく落ち込んでいるのだ。データが示す冷厳な現実と、現場から聞こえる生々しい声の双方から、生成AIがもたらす影響を探った。
クラウドソーシング市場で案件数が減少傾向に
海外大手プラットフォームのUpworkでは、ChatGPTが公開された2022年末以降、フリーライター向けの仕事掲載数が顕著に減っているようだ。Bloomberry社による500万件以上の求人分析によれば、ChatGPT普及後の約1年でライティング案件が33%減少し、翻訳は19%減、カスタマーサービスも16%減となった。これは他の職種が軒並み増加する中で際立つ落ち込みだ。「ChatGPTが最も活用されやすい分野だけに、ライティングの減少は予想通りだった」と分析者は述べている。
同様の現象はイラスト制作の領域でも起きている。ワシントン大学などの研究チームがUpworkデータを解析したところ、画像生成AI(2022年春のDALL-E、夏のMidjourney公開)の後にデザイン・画像編集系の仕事が月3.7%減少、収入も9.4%減少したことが確認された。
フリーランス全体でも、AIの影響を強く受ける仕事に従事する人ほど2023年春の収入が平均5%以上落ち込んだとの報告もある。実際、最大手のプラットフォームでChatGPT公開直後に「仕事は減り、収入はさらに大きく減った」ことがデータで示されており、AI導入による単価下落が示唆される。
ChatGPT活用案件の急増と発注側の動向
一方で、生成AIを取り込んだ新たな仕事の動きも鮮明だ。日本国内最大手のクラウドワークスによれば、「ChatGPT活用」をうたうライティング案件が2022年から2023年の時点で前年比231%増と爆発的に伸びていることが開示されていた(調査期間:2022年7月~2023年6月)。定型的な文章作成ではAI活用が急速に進み、低単価の簡易記事作成の多くがAI前提になりつつある。
実際、クラウドワークス上では「ChatGPT使用可・推奨」を明記する仕事が急増し、主要8カテゴリ中6カテゴリで75%以上がAI利用を許容する状況だ。発注者が積極的に生成AIを仕事に組み込み、効率化を図っている実態がうかがえる。
そして、調査は2年前のものであることを考えると、おそらく最新の数字は開示こそされていないが、さらに活用が進んでいることは間違いないだろう(それにしてもランサーズにしてもクラウドワークスにしても最新の数値はなぜ開示されないのだろうか)。
国内もう一つの大手ランサーズでも、2023年11月時点の開示でフリーランスの4割近くが日常業務に生成AIを活用するまでになっており、AI関連の仕事需要は一時的なブームから定着の段階に入ったと分析されている。こうした潮流の中で、プラットフォーム全体の取引額自体はむしろ増加傾向を示すとの報告もあり、発注内容が「AI前提」に置き換わっていることが浮き彫りだ。
AIでは代替できない創作スキルへの一定の需要
生成AIが大量の平凡な文章や画像を生み出せるようになったとはいえ、すべてのクリエイティブ需要が消えたわけではない。むしろAIには真似できないオリジナリティが求められる高付加価値の領域では、一定の需要が残っている。Upworkの分析によれば、生成AIの浸透後も専門性の高い案件では契約単価やフリーランス収入が上昇しており、「高付加価値×AI活用」で仕事が生まれる再活性化効果も観察されたという。例えば高度な多言語翻訳やAIモデルのトレーニングといった複雑なタスクでは、AIによって生産性が上がりつつも人間の介在価値が高まっており、契約額が7%増加した事例もあった。
実際のクリエイターの声も、AIで奪われる仕事と残る仕事の線引きを物語る。あるイラストレーターは「『自分にしか描けない絵』の仕事は奪われていない。消えたのは『クライアントの要望通りの画像を用意する仕事』だ」と述べている。
彼はコミッションサイトで年間200件近くのイラスト依頼を受けて生計を立てていたが、NovelAIやMidjourneyの登場後に「立ち絵の注文がぱったり途絶えた」といい、ついにフリーの絵仕事から撤退した。それでもなおファンアートや独自の作風による作品制作といった領域は残っており、本人は「いい夢を見せてもらった」と業界の変化を受け入れつつも、創作への情熱は捨てていない様子だ。
地方にも広がる「人に頼まない」潮流
生成AIへの移行は都市部だけの話ではない。地方の中小企業や自治体でも、広報・PR文章の作成をAIに切り替える動きが出ている。従来は外部のライターに依頼していたプレスリリースや商品説明文を、ChatGPTで社内作成して済ませてしまう例が増えているのだ。ある地方企業の担当者は「ちょっとした案内文なら、もう人に頼まなくなった」と打ち明ける。
こうした傾向はデータにも表れており、2025年の調査では「AIでいいや(人間に頼まなくていい)」と感じたことがあるビジネスリーダーが8割超にも上った。大企業のみならず地方の現場に至るまで、「まずはAIでやってみよう」という空気が広がっていることを示す数字と言える。
発注者の本音:「AI活用はラクでトラブルも少ない」
発注者側からは率直な声も聞こえる。「AIを使えば面倒なすり合わせや締め切り遅延の心配がない。人間相手より楽なんです」。首都圏のとあるマーケティング担当者は、文章作成にChatGPTを導入した理由についてこう語る。クオリティ面の不安は多少残るものの、「とりあえずの叩き台はAIで十分。細かなニュアンス調整だけ人間がやれば効率的」といい、交渉や修正を重ねる手間が省けるメリットを強調する。
実際、前述の調査でも「AIで済むなら人に頼まない」と考える人が多数派であり、発注側にとって生成AIは手軽でトラブルの少ない選択肢として映っているようだ。
加えて、コスト削減も無視できない要因だ。AIツールの多くは低コストで利用でき、1案件あたり数千円~数万円のライター報酬を支払うより安上がりだという判断もある。発注者にとっては、低リスクで素早くアウトプットを得られるAIは魅力的で、「AIで間に合う仕事」にわざわざ人件費を割かなくなってきている。
浮き彫りになるフリーランス側の課題
このように需要が細る中、フリーランス側にも課題が指摘されている。業界関係者の間では「AI云々以前に、フリーランスに社会性や契約理解が欠けていることが“選ばれない理由”になっている」という厳しい意見もある。実際、生成AIの台頭によって熟練者ほど仕事が減ったとの研究結果もある(olin.wustl.edu)。AIツールはむしろ初心者でも一定水準のアウトプットを出せるため、経験豊富な人ほど「自慢のスキルが相対的に埋没してしまう」現象が起きたと分析されている。このことは、単に文章を書く能力やデザイン技術が高いだけでは不十分で、コミュニケーション能力やビジネス理解といった“人間力”の差がますます重要になることを示唆している。
実際、プラットフォーム上でもChatGPTなどAIの使用を禁止する案件が一部残っているが、その多くは「人間のクリエイティビティ」や「きめ細かな取材・対話」が求められる仕事だ。こうした案件では、発注者は単なるアウトプットではなく、信頼して任せられる相手を求めている。納期遵守や契約条件の理解、円滑な意思疎通といった基本的な社会性が欠けているフリーランスは、AI以前に敬遠される傾向があるという。
フリーランス新法の施行(2023年)で契約トラブル抑止の動きも始まったが、依然として**「口約束で進めてしまう」「報酬交渉が苦手」といったフリーランス側の弱点は残る。発注者視点では、そうしたリスクを負うよりAIで完結**させたほうが安全で効率的という判断につながっている面もあるだろう。
生成AIは「発注抑止装置」に? 求められる作品力と人間力の両立
データと現場の声を総合すると、生成AIの普及は単に既存業務を自動化するに留まらず、「仕事の発注そのものを控えさせる抑止装置」として機能し始めているように見える。企業や個人が「それなら依頼せず自前でAIを使おう」と考えることで、クラウドソーシング上の案件が減少し、フリーランスの収入機会が圧迫されている。特に画一的な記事作成や量産型のイラスト制作といった分野でその傾向が顕著だ。
しかし裏を返せば、人間にしか生み出せない価値を提供できるフリーランスにはまだ道があるとも言える。AIでは代替しづらい独創的な発想や高度な専門知識、そして対人折衝力や信頼感といった人間ならではの強み——それら「作品力と人間力」を併せ持つことが、生き残りの必須条件となっている。生成AI時代において、単なる作業者ではなく創造性と人間的魅力を備えたプロフェッショナルだけが、発注者に選ばれ続けるだろう。
今後、生成AIはますます高性能化する一方で、新たな仕事や需要も生み出すと期待される。その波に溺れないためにも、フリーランスはAIを敵視するのではなく武器として活用しつつ、自身の人間的付加価値を高めていくことが求められている。
生成AI普及でクラウドソーシングのライター・イラスト案件が激減は本当か? 最新の数値が開示されない謎
ここまで見てきた通り、生成AIの登場と普及によって、クラウドソーシング市場では実際にライターやイラストレーター向けの案件が減少傾向にある。複数の海外統計や国内プラットフォームの動向からもそれは裏付けられており、フリーランスの体感や証言とも一致している。しかしながら、こうしたトレンドを定量的に裏付ける最新のデータは、2023年後半以降、主要プラットフォームからほとんど公表されていない。
たとえば、クラウドワークスやランサーズといった国内大手は、かつては積極的に「ChatGPT関連案件の増加」や「業務でのAI活用比率」などを定期的に発信していたが、2024年以降は関連リリースが減少している。Upworkにおいても、2023年時点では分析機関による詳細なレポートが出されていたものの、2024年後半以降の更新は乏しい。
なぜ、こうした「激変期」にあって情報が出なくなるのか。その背景には、生成AIによる構造変化があまりに大きく、従来の職種分類や案件属性のフレームでは市場全体の変化を適切に捉えきれなくなっている可能性がある。また、生成AI活用が前提となった仕事では、従来の「ライティング案件」「イラスト案件」というくくり自体が意味を失い、分類上は「AI活用による事務支援」や「生成支援業務」といった別種のラベルが付与されるケースも増えている。
さらにもう一つの可能性として、案件数や単価の減少があまりに顕著であるために、プラットフォーム運営側が戦略的に沈黙を保っているという見方もある。取引額全体が増加しているという全体統計と、ライターやクリエイター職種の冷え込みという部分統計のギャップは、そのまま現実の「置き換え」を映し出しているにすぎない。
結局のところ、最新数値が開示されないという事実そのものが、ある種の“答え”を示しているとも言える。可視化されない変化は、業界の静かな再編を物語っている。もはや「人がやるかAIがやるか」ではなく、「何をAIでやる前提にするか」が仕事のあり方を左右する時代に突入したのだ。