
携帯電話販売代理業を主軸に、不動産業やゴルフ場運営などを手がけるトーシンホールディングス(TSHD)が、激震に見舞われている。携帯契約に付随するキャッシュバックの未払い問題が発覚し、2025年2月14日、第三者委員会の調査報告書が公表された。
そこには、驚くべき事実が記されていた。
沈黙を破った「匿名通報」
最初の異変が表面化したのは、2024年10月6日のことだった。前任監査人の元に、一通の匿名メールが送られてきた。その内容は、1年以上にわたり、1億円を超えるキャッシュバックが未払いになっており、決算担当の経理取締役がそれを意図的に隠蔽しているというものだった。
この通報が届いた瞬間、社内に緊張が走った。決算の数字が適正に管理されていると信じられていたTSHDにとって、これはあまりにも重大な指摘だった。同社はただちに社内調査を開始したが、その過程でさらに衝撃的な事実が明らかになる。キャッシュバックの未払いは想定以上に膨れ上がり、問題は個々の取引のレベルを超え、組織的な不正の可能性が浮かび上がったのだ。
膨らむ未払い金、止まらぬ「支払い繰り延べ」
調査報告書によると、問題が深刻化したのは2023年3月以降だった。TSHDの携帯販売店舗では、キャッシュバックの支払い金額が急増し、会社の資金繰りに影響を与えるまでになっていた。
資金の枯渇を防ぐために取られた措置は、支払いの繰り延べだった。経理担当取締役が中心となり、キャッシュバックの支払いを意図的に遅らせる調整が行われた。帳簿の数字は整っているように見せかけられていたが、実際には未払いのキャッシュバックが積み重なり、顧客への支払いが滞っていた。
さらに、報告書は「キャッシュバックを端末値引きとして処理し、実際の支払いを行わなかったケースがあった」と指摘する。顧客には「端末代金から割引されている」と説明しながら、実際には約束した還元金が支払われないケースが多発していたのだ。
経営陣の「沈黙」、機能しなかった内部統制
この事態を引き起こした要因の一つとして、TSHDの企業体質が挙げられる。調査報告書は、トップダウン型の経営とコンプライアンス意識の欠如が、この問題を深刻化させたと結論付けた。
TSHDでは石田 信文会長の強い影響力のもと、売上と利益の数字が最優先される文化が根付いていた。キャッシュバックの支払い問題が社内で指摘されても、上層部は適切な対応を取らず、むしろ問題の隠蔽が優先される風潮があった。
また、取締役会や監査役会の形骸化も指摘されている。取締役会では財務状況に関する数字の報告が重視され、キャッシュバック未払い問題について具体的な議論は行われなかった。監査役会も機能せず、チェック体制はほぼ形だけのものだった。
「再発防止策」と信頼回復への道のり
この不祥事を受け、TSHDは過去の有価証券報告書や決算短信の訂正を行う予定だ。しかし、それによる株主や投資家への影響は避けられず、信頼回復には相当な時間がかかることが予想される。
調査委員会は再発防止策として、まず、経営の透明性を向上させる必要性を強調した。取締役会の実効性を高め、意思決定のプロセスを透明化することで、今回のような問題を未然に防ぐ体制を構築することが求められる。また、内部統制を強化し、経理規程を明確化することで、キャッシュバックの支払いに関するルールを厳格に管理し、不正が生じる余地を排除しなければならない。
さらに、従業員が不正を指摘しやすい環境を整えるため、内部通報制度の整備が急務だ。ホットラインの活用を促進し、社内で問題を早期に発見し対応できる仕組みを確立することが求められている。加えて、企業倫理と法令遵守の意識を従業員に根付かせるため、コンプライアンス教育の徹底も不可欠である。
業界全体に広がる波紋
携帯販売業界におけるキャッシュバック制度は、業界全体に広がる慣習だ。しかし、その運用が不透明であれば、企業の信頼性を揺るがすリスクを伴う。今回の事案は、TSHDだけでなく、携帯販売業界全体に対する警鐘とも言えるだろう。
トーシンホールディングスは、今後どのように信頼回復を図るのか。懸念は、14日に適時開示で調査報告書が開示されたものの、同社のコーポレートサイトでは情報が更新されていないことだ。上場企業の責任として、ステークホルダーへの情報開示は最低限求められる姿勢と言える。コーポレートサイト上でも同時開示することが社会の公器たる上場企業としての姿勢だろう。おそらく、今回の不祥事で更新担当の人間が離れてしまったのかもしれないが、踏ん張りどころと言える。
株主、顧客、そして業界関係者の視線が厳しく注がれている。