法律事務所として中小企業等の法務対応をしている弁護士法人 永 総合法律事務所。今回は「長時間労働」について紹介します。
1 長時間労働とは
昨今では、長時間労働に伴う過労などの問題が叫ばれるようになり、企業においては、労働者の労働時間管理が喫緊の課題となっています。
労働時間が必要以上に長時間ともなれば、労働生産性の低下、労働者の心身への悪影響が懸念され、ときには過労死など深刻な問題を引き起こすことになりかねません。
もっとも、一口に「長時間労働」といっても、実際に何時間働くことをもって「長時間」と評価するのかについて、明確な定義があるわけではありません。
労働基準法では、一部の業種を除き1日8時間、週40時間を超えて労働させてはならないことを原則とし(労働基準法32条1項、2項)、時間外労働が発生する場合であっても、限度時間として月45時間、1年間で360時間が限度であることを定めています(労働基準法36条4項)。
限度時間とはまさしく時間外労働の「限度」として定められているものですから、時間外労働がこの限度時間に近づけば近づくほど、労働者にとっては長時間労働をしていると感じるでしょうし、ましてこれを超える場合には、なおのこと長時間労働に従事しているとの評価が当てはまってくるでしょう。
実際に過労を理由とする疾患を発症した場合、それが労災にあたるかどうかという点について、厚生労働省が出している基準によれば、①発症前の1か月ないし6か月間にわたって、1か月あたりおおむね45時間を超えて時間外労働が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること、②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性は強いと評価できることとしており、この点も長時間労働を考える一つの参考になるでしょう。
2 日本における労働時間の実態
厚生労働省が発表している令和3年版過労死等防止対策白書によれば、令和2年の総実労働時間は1621時間、所定内労働時間は1511時間、所定外労働時間は110時間となっており、それぞれ前年比で総実労働時間は48時間、所定内労働時間は31時間、所定外労働時間は17時間減となってることから、減少傾向にあることが読み取れます。
また、月末1週間の雇用者に関する労働時間の割合でみると、就業時間が週35時間未満の人が33.7%、週35時間以上60時間未満の人が60.5%、週60時間以上の人が5.1%であり、こちらも前年比から減少傾向となっているようです。
これは、上記で述べたような残業時間規制をはじめとするいわゆる「働き方改革」の影響、労働者、使用者それぞれの時間外労働に対する意識の向上が理由として考えられるところです。
しかし他方で、他国と比較したときの年平均労働時間は、日本がイギリス、ドイツ、フランスなどの欧州諸国よりも長時間であり、特に週49時間以上労働している男性労働者の割合について、日本は他国より特にその割合が高めであることや、日本における自殺者総数のうち、勤務問題を原因や動機の1つとするものの割合は9.1%(1918人)と決して少なくない人数が勤務問題を自殺の理由としていることなどからすれば、まだまだ働き方については、労働時間削減も含め、改善の余地があるといっていいでしょう。
3 企業の法的責任について
企業をはじめとする使用者には、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務があり(労働契約法5条参照)、これを安全配慮義務といいます。
必要以上に労働者が長時間労働をすることにならないようこれを管理することは、まさに使用者にとっての義務であり、これを怠り、万が一労働者が疾患を発症してしまったり、過労死に至ってしまった場合などには、安全配慮義務違反として、使用者は労働者に生じた損害を賠償すべき義務を負うことになるのです。
また、安全配慮義務違反に限らず、使用者責任や不法行為責任として法的責任を追及されることもあります。裁判でもこのような長時間労働は以前より問題として取り上げられてきました。
平成12年3月24日付最高裁判所第2小法廷判決では、大手広告代理店に勤務する労働者Aが長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後、うつ病に罹患して自殺してしまったことが問題となりました。
判決において、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」と判示したうえで、Aが継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたこと、Aの上司は、Aが業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、Aの業務量等を適切に調整するための措置を採らなかったこと、その結果、Aは心身共に疲労困ぱいし、それを誘因としてうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ってしまったことなどを認定し、企業側の使用者責任を認めています。
4 企業が採るべき対策
労働者の長時間労働を放置することは、上記で述べたとおり、安全配慮義務違反等の法的問題としてその責任を追及されかねません。
また、労働環境の悪化による退職率の増加、企業のレピュテーションリスクなども決して無視することはできないものであり、デメリットは大きいのです。
それでは、こうした長時間労働について、企業はどのような対策を採ればいいでしょうか。その対応策は様々なものが考えられますが、以下の3点を基本的な姿勢として意識することがとても重要です。
① 社内での意識改革
使用者や上司は、労働者の労働時間を適切に管理することが求められているという意識を持つ必要があります。
問題企業として取り上げられるような事例には、定時退社を行うと人事評定を下げるなど、あたかも残業を美徳とするような文化が根付いているようなものが散見されますが、労働者に対して長時間の労働を強要するようなことがあってはいけません。
また、タイムカードの管理などが実態と異なる結果、自社の従業員について実際の労働時間を把握していないような企業も見受けられます。
研修やセミナーなどを通じ、労働時間の管理に関する意識を社内的に向上させることは重要であるといえます。
② 社内体制の整備
残業を行うときには、申請や届出を行うことを前提とすることにより、残業の必要性を見極めてこれを管理できるような体制を整えていくことや、労働時間の中身を精査することなく、長時間労働=いい評価となることのないような人事評価制度の策定なども重要です。
このような措置を取らないままでいると、時間外労働に関する管理が行き届かなくなる結果、社内で残業が半ば恒常化したり、あるいは本来残業が必要ないはずの社員が割増賃金のために不必要に会社に居残ってしまうという、いわゆる「だらだら残業」が発生するなど、多くの弊害が想定されるところです。
また、企業によっては、「定時退勤日」や「ノー残業デー」などを設けるところもあり、こういった措置も長時間労働を改善していくための手がかりとして位置づけられます。
③ 社内業務の効率化
いかに長時間労働を減らすことを掲げ、社内残業に対する意識や制度を改革したとしても、実際に労働者一人当たりが抱えるタスクが減らないのであれば、問題の解決にはつながりません。
人材の積極的な採用、活用によってタスクの分散化を図ることや、社内全体の業務プロセスの見直し、ITの活用、業務委託などによる雑務のアウトソーシングを通じた積極的な業務の効率化等も長時間労働の常態化を防ぐポイントとして重要であり、使用者としては不断に社内業務の見直しが求められているといえます。
5 まとめ
これまで述べてきたとおり、長時間労働の防止、改善は労働者のみならず、使用者にとってもとても重要な課題です。
これに対する対策を怠り、万が一従業員の心身に不調が生じてしまった場合で、会社が適切な対応を怠っていたと判断されれば損害賠償等の法的責任を負うおそれもあり、実際に会社と従業員が争いになるケースや裁判例も多く発生しており、ひとたび問題が発生すれば、レピュテーションリスクなども含め、企業にとっては大きなマイナスを抱えることになります。
このような事態を避けるため、使用者としては、日常的に労働時間の適正管理、社内体制の整備、社内業務の効率化などを図っていくことが強く望まれるところであり、早期の取り組みをおすすめいたします。
◎執筆者プロフィール
弁護士法人 永 総合法律事務所 所属弁護士
菅野 正太(かんの しょうた)
上智大学法学部法律学科 卒業
早稲田大学大学院法務研究科 卒業。
中小企業法務、不動産取引法務、寺社法務を専門とする弁護士法人永総合法律事務所の勤務弁護士。
第二東京弁護士会仲裁センター委員、同子どもの権利委員会委員
弁護士法人 永 総合法律事務所HP:https://ei-law.jp/
寺社リーガルディフェンス:https://ei-jishalaw.com/