人生100年時代と呼ばれる現代。企業にとって重要なステークホルダーである従業員は、転職や独立が一般的になった。だからこそ、企業にとって従業員との結び付きを見直すことに意義があるといえるのではないだろうか。
今回は自社株を従業員が保有することについて考えてみたい。
1. 会社は従業員との関係構築を重視している
平成30年度に経済産業省が発表した調査によると、「持続的に企業価値を高めるために、対話・コミュニケーションが特に重要であると考えるステークホルダー」として、従業員を重視していると回答した会社が多かった。さまざまなステークホルダーが考えられる中、「従業員」と回答した割合が最も多く、以下に顧客、株主など投資家(国内)、株主など投資家(国外)、取引先と続いている。
(参考:経済産業省『上場企業によるステークホルダーとの対話・コミュニケーションに関する実態調査』)。
これは、会社が従業員を重要視している一方で、従業員とのリレーションシップに課題を感じているとも考えられる。
投資会社の経営者である中神康議氏は、著書『三位一体の経営』(中神康議著、ダイヤモンド社)の中で、「会社という存在は、決して一回こっきりのプロジェクトではありません。『会社はゴーイング・コンサーン』と言われる通り、長期にわたって存続し続けることが前提です」と、会社という存在について述べている。
一方で、ひとつの会社で長期的に働き続けるキャリアプランを描く従業員は減少傾向にある。従業員がより深くより長く会社にコミットするには、どんな方法があるだろう。
2. 従業員が自社株を持つことのメリットとデメリット
従業員の会社へのコミットメントを強める方法のひとつが、自社株購入ではないだろうか。たとえば従業員の「持株会」とは、従業員の給与や賞与から一定の金額を天引きし、集めた資金で自社株を共同購入する仕組みだ。従業員は少額の資金で投資ができ、拠出額に応じて配当金を得られる。
もちろん自社株を買う・買わないは個人の自由ではあり、持ち株制度を導入する・しないも会社次第だ。ただし持株会制度を活用することで、会社側と従業員側には以下のようなメリット・デメリットがある。
会社側のメリット
・配当利益で福利厚生制度の充実ができる
・株式を保有した従業員のモチベーションアップが期待できる
・安定株主を確保し、会社の運営権を守る
・インサイダー取引が適用されない
従業員側のメリット
・奨励金が支給され、保有する株式が増える
・財産形成ができ、利益が出れば財産が増える
・最低売買単位を気にせずに購入できる
自社株購入のデメリットとしては、議決権問題、利益配当、資産のリスク、株主優待が受けられない、売却の制限などが挙げられる。
株式を保有しているからには、株主総会の議決権を所有できる。自社株を持つ従業員は株主としての権利を行使して、意見や要求を出すことが可能だ。労働を対価に給与を得る雇用関係とは異なるリレーションシップが生じる。
ただし、経営陣と従業員との間で対立が起きれば株主総会の議決も揺れる。この点は、従業員が株主になることによって経営への参画意識を促進するというメリットもあるため、双方のバランスが重要となる。
3. 自社株購入は従業員が経営意識を抱くスイッチになるか
株の売買では一般的に、買い手と売り手の間に「情報の非対称性」が存在する。しかし自社株を購入する際には、社外の投資家と比べると情報の非対称性は小さくなる。しかも持株会を通じた売買であればインサイダー取引とはみなされない。
とはいえ、会社に所属しているからといって、会社の将来性や企業価値に関する情報を正確に把握しきれるとは限らない。もし従業員が自社株の価値をしっかりと見定めたいのであれば、社内で共有できる情報を敏感にキャッチする努力が必要だ。積極的な社内コミュニケーションが当たり前になれば、従業員同士の結びつきも強くなるだろう。
書籍『三位一体の経営』でも、「社内役員だけでなく、従業員も社外役員も広く厚く自社株式を持つ。これによってみなで企業価値の改善に知恵を出す。経営にも株主として正々堂々と意見を言う。超過利潤を上げるためにコストをかけ、リスクを取る体質を目指す。従業員が株式を十分に保有することによって、無責任株主やリスクを取り切れない経営といったガバナンス第三段階の課題解決を狙うこともできる」と、自社株購入によって起こる従業員のビジネスマインドの変化を示唆している。
これからの時代で企業が持続的に存続していくためには、利益を追求すると共に新しい価値創造や社会貢献をする必要がある。多くの企業が従業員との対話・コミュニケーションを重要視しているように、従業員一人ひとりが持つ知見やアイデアを活かしていかなければならない。持ち株制度の導入・活用が、従業員が会社の経営活動への主体的参画を促すことに期待したい。