
東京・丸の内の朝。ガラス張りのオフィスに差し込む光とは裏腹に、ある企業を巡る空気は重く沈んでいる。かつてユニバーサル・スタジオ・ジャパンをV字回復させ、“最強のマーケター”と称された森岡毅。その彼が率いる刀が、いま大きな転換点に立たされている。
「成功の再現」はなぜ崩れたのか
文春オンラインによると、刀は2024年決算で55億円超の最終赤字を計上。さらに2025年も約13億円の赤字見通しで、累積損失は62億円に達するという。華々しい成功体験の裏側で、静かに膨らんでいた“歪み”が一気に表面化した格好だ。
その象徴が、お台場に誕生したイマーシブ・フォート東京である。2024年に鳴り物入りで開業したこの施設は、わずか2年で営業終了を決断した。
閉館間際、施設の中央広場には人の姿があった。だが、その空気はどこかちぐはぐだった。観客は確かにいる。しかし、その多くは“常連”ではない。「閉館するから来た」という、最後の機会を消費する来場者だ。
体験型演劇という新しい試みは、一定の評価を得た。だが一方で、「価格の高さ」「参加型ゆえの心理的ハードル」「リピート性の弱さ」が壁となった。つまり、話題にはなったが、日常的に選ばれる娯楽にはなれなかったのである。
ジャングリア沖縄、期待と現実の落差
もう一つの柱が、沖縄北部に開業したジャングリア沖縄だ。
開業前、森岡氏は年間来場者数について「美ら海水族館の半分でも採算が取れる」と語っていた。しかし、琉球新報によると開業から半年間の来場者数は約65万人。単純換算で年間130万人前後のペースにとどまる。
現地を訪れた来場者の声は、数字以上にリアルだ。
丘陵地に広がる園内は、想像以上にアップダウンが激しい。トラムは30分間隔。人気アトラクションは抽選制、あるいは追加料金が必要。期待を膨らませて訪れた観光客ほど、「思っていた体験と違う」と感じやすい構造になっている。
つまりここでも、マーケティングが描いた理想と、現地体験のリアルにズレが生じている。
出資者と金融機関に広がる“静かな緊張”
この事業には、オリオンビール、JTB、近鉄グループホールディングスなどが出資している。さらに、商工中金や琉球銀行を中心としたシンジケートローンで約366億円の融資も組まれた。
本来であれば、地域振興の象徴となるはずだったプロジェクト。しかし現実は、想定より遅い集客と重い初期投資が重なり、関係者の間には緊張が走る。
とはいえ、ここで重要なのは、ジャングリア沖縄は刀本体とは別法人で運営されている点だ。すぐに連鎖的な経営破綻に直結するわけではない。
だが同時に、刀が“顔”である以上、その信用力が揺らげば、資金調達や追加投資に影響が出るのもまた事実である。
マーケティングの限界が露呈した瞬間
今回の一連の出来事は、「マーケティングとは何か」という本質を突きつけている。
USJの再建は、すでに存在する強力なコンテンツを“最適化”する仕事だった。一方、今回のテーマパーク事業は、ゼロから“選ばれ続ける理由”を作らなければならない。
その違いは決定的だ。
いくら魅力的に見せても、体験そのものが期待を下回れば、リピーターは生まれない。逆に、体験が圧倒的であれば、広告は最小限でも人は集まる。
今回の苦戦は、マーケティングの失敗というより、事業設計そのものの難しさを浮き彫りにしたと言える。
それでも「失敗」と断定できない理由
ただし、現時点で結論を急ぐべきではない。
テーマパーク事業は、初期投資回収に長い時間を要する。特にジャングリア沖縄は、開業からまだ1年も経っていない段階だ。リピーターの増加、インバウンド回復、価格戦略の見直しによって、評価が変わる可能性もある。
むしろ今は、「失敗か成功か」ではなく、どこを修正できるかのフェーズにある。
・導線設計の見直し
・価格と体験のバランス調整
・“沖縄でしかできない体験”の再定義
これらをどこまで磨き込めるかが、次の分岐点になる。
なぜ人は「期待外れ」に敏感なのか
興味深いのは、来場者の不満が「つまらない」ではなく、「期待と違った」に集中している点だ。
人は、体験そのものよりも“期待との差”に強く反応する。期待値を上げるほど、わずかなズレでも失望は大きくなる。
今回のケースはまさにそれだ。マーケティングの成功が、逆にリスクとして跳ね返った構図とも言える。
今後の焦点は「信用の再構築」
森岡氏のキャリアは、ここで終わるものではない。むしろ、ここからが本当の意味での“経営者としての試練”になる。
問われているのは、再び人を集める力ではない。
一度揺らいだ信用をどう取り戻すかだ。
ジャングリア沖縄が、単なる観光施設に終わるのか。それとも沖縄観光の新たな軸となるのか。その答えは、これからの数年で明らかになる。



