
信州の古き言葉「あるをつくして」をご存じだろうか。出された料理を余すことなく頂くこの精神を、長野県小諸市の薪火ダイニング「song」は、捨てられるはずの命に再び「歌」を歌わせるという、驚くべきビジネスモデルへと昇華させた。
捨てられるはずの命を宝に変える逆転の秘策
長野県小諸市、霧深い御牧ヶ原の丘に佇むダイニング「song」から、一風変わったニュースが飛び込んできた。2025年の開業以来、薪火料理で美食家を唸らせてきた同店が、オンラインでの物販事業を開始したという。だが、並んでいるのは、ただの「お取り寄せグルメ」ではない。
そこにあるのは、猟師が仕留めた鹿の「くず肉」から生まれたソーセージや、ワイン造りで廃棄されるはずだったブドウの皮を用いたクラフトビールだ。これまで見過ごされ、闇に葬られてきた素材に光を当て、高付加価値な「宝」へと変貌させる。
地方の飲食店が直面する食品ロスという難題に対し、彼らが提示したのは、あまりに鮮やかで温かな逆転劇だった。
職人の意地と薪火が織りなす唯一無二の正体
他社の追随を許さないその独自性は、狂気とも思えるほどの「手間」にある。例えば、看板商品のひとつである「鹿節」だ。通常、鹿肉の中でも筋が多く硬い部位は、料理人から敬遠される。
しかし、songはこれらをキッチンの薪火グリルに吊るし、約一ヶ月間、燻煙を浴びせ続けるのだ。じっくりと乾燥熟成を終えたその姿は、まさに「鹿肉のカツオ節」。削れば野生の濃密な旨味が立ち上り、出汁を取れば薪の香りが鼻腔を抜ける。
地域の猟師、熟練の職人、そして「薪火」という原始のエネルギーが一体となったこの逸品は、もはや単なる保存食ではない。また、ワイン醸造の副産物である「パミス(搾りかす)」を活用したビールも、常識を覆す。
重くて扱いにくい廃棄物を、地元の醸造所と手を組み、華やかな果実味溢れる一杯へと転生させた。未利用資源を、誰もが渇望する贅沢品へ。これこそが彼らの真骨頂だ。
根底に流れるあるをつくすという土地の哲学
なぜ、彼らはこれほどまでに効率の悪い道を選ぶのか。その答えは、運営会社である株式会社中棚温泉が掲げる「あるをつくして」という哲学に集約されている。
目の前にある命や営みを、知恵と工夫を尽くして生かしきること。代表の富岡直希氏は、この取り組みを単なる環境保護の義務感とは捉えていない。
一房のブドウに汗を流す農家、命がけで山に入る猟師。その営みに対する、最大級の「敬意」の表明なのだ。店名の「song」には、ベトナム語で「生きる」という意味も重なる。
一度は途切れたはずの素材の物語を、新しい旋律でもう一度響かせたい。その切なる願いが、瓶に詰められた一滴、一削りの欠片にまで宿っている。
現代のビジネスが忘れた敬意の経済学
この小さなダイニングが起こした旋風から、私たちが学べる教訓は重い。効率至上主義の現代、使いにくい素材は「無価値」の烙印を押され、捨てられていく。
しかし、songはそこに「知恵」と「時間」を惜しみなく投じることで、唯一無二のブランドを築き上げた。これは、SDGsなどという言葉が生まれる遥か昔から日本人が守ってきた「始末の精神」の現代的アップデートだ。
自社の利益だけを追うのではない。地域全体の営みを肯定し、資源を循環させる。その輪が広がるほどに、ブランドの信頼は岩盤のように強固なものへと変わっていく。
御牧ヶ原の風を感じさせるワインリーフティーを一口含めば、気づくはずだ。効率化の影で、私たちが何を失い、今、何を取り戻すべきなのかを。



