
熊本中学生暴行事件を巡り、加害者と噂される少年と同じ名字の商店が風評被害を受けているとの声が拡散。私的制裁や誹謗中傷の危険性、開示請求リスク、冷静な対応の必要性を解説。
熊本中学生暴行事件と風評被害 無関係商店が受けたネット私刑
熊本県で発生した中学生暴行事件を巡り、いま新たな問題が浮上している。
それは、事件とは無関係とみられる商店が、風評被害の標的になっているという現実だ。
SNS上では、加害者と噂される少年と「名字が同じ」という理由だけで、特定の商店に対する誹謗中傷が相次いでいるとの声が広がっている。しかし、加害者の情報ですらまだ確定情報ではなく、ましてやその商店と事件を結びつける公式な情報は一切存在しない。
被害届はすでに警察に正式受理され、捜査は公的機関の手に委ねられている。それにもかかわらず、ネット上では「犯人探し」が加速し、無関係な第三者までもが巻き込まれる事態となっている。
名字が同じだけで疑われる理不尽
問題となっている商店について、事件との関係を示す証拠は確認されていない。それでも、「関係者ではないか」「加害者の家族なら説明すべきだ」といった憶測が拡散され、口コミサイトやSNSのコメント欄に批判的な投稿が相次いでいるという。また、営業時間中に店舗に何度も無言電話がかかってくるなど、対応に追われ現場は疲弊しているとの情報もある。
過去の炎上事件でも、名字や地域、外見的な共通点だけで無関係の人物が関係者扱いされ、深刻な風評被害に発展したケースは少なくない。今回も、同じ構図が繰り返されようとしている。
正義感が生むネット私刑 第三者は「裁く側」ではない
熊本中学生暴行事件に対し、多くの人が怒りや悲しみを覚えたのは当然だ。しかし、その感情が制御を失ったとき、正義は容易に暴力へと姿を変える。
「許せない」「徹底的に追い込むべきだ」といった感情的な声が噴出しがちだが、正義感を理由に無関係な人物を攻撃する行為は、もはや正義ではなく新たな加害行為にほかならない。事件の真相解明と責任追及は司法の役割であり、一般人が「裁く側」に立つ必要はないのだ。
ネット私刑執行者には開示請求・損害賠償という現実
さらに注意すべきなのは、投稿者側の法的リスクだ。
根拠のない情報の拡散や、事実無根の誹謗中傷は、名誉毀損や業務妨害として開示請求や損害賠償請求の対象となる可能性がある。
「正義のつもりだった」
「みんなが言っていたから」
こうした言い分は、法的責任を免れる理由にはならない。
捜査は警察に、裁きは司法に
すでに被害届が受理されている以上、事件の真相解明と責任追及は警察と司法の役割だ。一般人がネット上で裁きを下す必要はない。
私的制裁が続けば、被害者を守るどころか、無関係な人々を傷つけ、社会全体に新たな不信と分断を生むだけである。
本当に守るべきものは何か
被害者に寄り添うことと、加害者と思われる人らを叩くことはまったく別の行為である。ましてやその矛先が無関係な第三者をに向くことはあってはならない。
熊本中学生暴行事件が私たちに突きつけているのは、事件そのものだけではない。
「正義をどう使うか」という、私たち自身の姿勢なのかもしれない。
怒りの先にあるのは、真実か、それとも新たな被害か。
今こそ、冷静な目が求められている。



