看護師の個人サロンは違法へ。厚労省がアートメイク新通達

12月26日、厚生労働省は各都道府県に対し、アートメイク施術に関する衝撃的な通知を発出した。これまでグレーゾーンと見られがちだった業界に対し、国は「医師以外の施術は不可」「違反者は刑事告発」という強硬姿勢を明確に打ち出した。
しかし、最高裁で「タトゥーは医療行為ではない」との判決が出ている中、なぜアートメイクだけが厳格に医療行為とされるのか。現場からは「矛盾」「既得権益の保護」といった怒りの声が上がっている。
看護師免許だけでは「違法」…個人のマンションサロンは壊滅か
今回、厚労省医政局などが連名で出した通知は、業界に激震を走らせる内容だ。
これまで、看護師免許を持つ者が医師のいないマンションの一室などで「アートメイクサロン」を開業するケースが横行していた。しかし、今回の通達により、「看護師免許があるからといって、個人で開業している者は全員アウト」という解釈が確定した形だ。
適法とされるのは、クリニック等との正式な業務提携があり、かつ医師の具体的な指示のもとで施術が行われている施設に限られる。また、実態のない「医師の名義貸し」によって営業しているサロンに対しても、警察と連携して厳しく取り締まる方針が示されており、摘発されれば医師側も逮捕されるリスクがある。
通知文には、悪質な場合、刑事訴訟法第239条(公務員の告発義務)に基づき刑事告発を行う旨も明記されており、行政の本気度が窺える。
施術者たちの悲鳴 「昨日まで先生、今日から犯罪者」
都内のマンションでプライベートサロンを営む看護師のAさん(30代)は、通達を見て言葉を失った。
「技術向上のために海外研修にも行き、数百万円のローンを組んで最新機器を導入したばかりです。衛生管理は病院以上に徹底してきました。それなのに、個人の才覚で開業することは許されず、医師の下請けでなければ全て違法だなんて……」
また、提携医師を探していたという別の施術者は、実態としての「名義貸し」の闇を明かす。
「結局、この通達は『医師に上前をはねさせろ』と言っているようなものです。これまでも医師の名義だけ借りて、月何十万円もの“顧問料”を払うケースはありましたが、今後はその相場がさらに跳ね上がるでしょう。真面目に技術を磨いてきた人間がバカを見て、医師免許という“既得権益”を持つ人だけが儲かる仕組みです」
消費者の困惑 「値段倍増、予約困難は必至」
影響は消費者にも直撃する。安価で質の高い施術を求めていた利用者からは、選択肢が奪われることへの不満が噴出している。
「クリニックのアートメイクは眉だけで10万円以上することもザラ。個人サロンならその半額で、しかもセンスの良い人に頼めたのに」(20代女性・会社員) 「私が指名している人は、病院のような流れ作業ではなく、時間をかけてデザインしてくれるから好きだった。クリニックの医師なんて、最初の5分診察して終わりでしょ? それに何の意味があるの?」(40代女性・主婦)
市場原理を無視した規制強化により、アートメイクが「富裕層だけのもの」になりかねない状況だ。
判明した国の言い分「タトゥーは芸術、アートメイクは医療」
なぜ、同じように針で皮膚に色素を入れる行為に対し、こうも扱いが違うのか。その法的根拠は、実は2023年7月3日に出されたある通知に遡る。
当時、福島県保健福祉部長からの「医師免許を持たない者が眉やアイラインを描く行為は違法か」という問い合わせに対し、厚労省は「アートメイクは医療行為である」と断定した。これは2020年の最高裁による「タトゥーは医療行為ではない」という判決を受けて整理されたものだが、その区分けのロジックは極めて独特だ。
【厚労省が示す「決定的違い」】
- タトゥー(OKの理由): 「歴史的に長年にわたり、医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情がある」。つまり、「医療の外側にある芸術・社会風俗」として歴史的に定着しているため、医療行為ではない。
- アートメイク(NGの理由): 「医療の一環として医師・看護師等が関与している実態」があり、侵襲性(体へのダメージ)があるため、「医療従事者による安全性確保が極めて重要」。よって医療行為である。
つまり国は、技術的な違いではなく、「誰がやってきたか(歴史)」と「今の実態(医療者が関んでいるか)」という文脈の違いだけで、白黒を分けているのだ。
なぜ厚労省はこのタイミングで「タトゥーとの矛盾」を無視したのか?
この不可解な規制強化の背景には何があるのか。医療行政の構造問題に詳しい、元国研で主席研究員だったB氏は、この問題を「安全性の確保」という大義名分の裏にある、「市場規模」と「政治力学」の観点からこう分析する。
最高裁判決の巧みな「使い分け」
「2020年の最高裁決定でタトゥー(刺青)が医療行為ではないとされたのは、タトゥーに『美術的・社会風俗的な意義』を認めたからです。一方で厚労省は、アートメイクを『整容(身だしなみ)』や『再建(乳輪など)』の文脈に押し込めることで、あくまで医療の一環であるというロジックを崩していません。
しかし、皮膚に針で色素を入れるという行為の侵襲性(体へのダメージ)だけで見れば、タトゥーの方が深く、アートメイクの方が浅い。危険度が高いタトゥーが野放しで、浅いアートメイクだけを医師法で縛るのは、医学的根拠よりも政治的な線引きと言わざるを得ません」
医師が欲しがる市場、欲しがらない市場
B氏は、医師会や厚労省が守ろうとしているのは「国民の安全」以上に「ドル箱市場」であると指摘する。
「ここが本質です。タトゥー業界はアングラな側面もあり、医師が参入しても大きな収益が見込めない『旨味のない市場』です。だから医師側も『医療じゃない』と言われても痛くも痒くもない。 しかし、アートメイクは違います。美容医療ブームに乗り、市場規模は数千億円レベルに急成長している『金のなる木』です。この巨大市場が看護師単独の開業によって侵食されることは、美容医療クリニックの経営者(=医師)にとって看過できない事態なのです」
行政が描く「背景」にある真の狙い
最後にB氏は、今回の通達の背景についてこう結論づけた。
「厚労省の狙いは、課税の捕捉と管理の集約にもあります。個人サロンの現金商売は税務署が把握しづらい。クリニックの中に囲い込めば、税収も安定し、指導もしやすい。 つまり、今回の通達は『医療とは何か』という哲学的な問いへの答えではなく、単なる『業界の囲い込み(カルテル化)』の追認に過ぎません。医師免許さえあれば、一度も施術をしたことがない医師がオーナーでも適法で、世界大会で優勝するような技術を持つ看護師が個人でやれば犯罪者。この歪みこそが、日本の医療行政が抱える『利権構造』の縮図なのです」
「医療行為」の定義が、患者の保護ではなく、特定の職能団体の利益確保のために伸縮自在に解釈されているとすれば、それは法治国家として健全な姿とは言えない。
2025年の年末に投げかけられたこの通達は、日本の美容業界に暗い影を落とすことになりそうだ。



