
全国でクマによる被害が急増している。死亡事故は過去最多の12件に達し、負傷者も相次ぐ。市街地での出没が常態化し、農業・観光被害は拡大の一途をたどる。政府は危機的状況を受け、異例の関係閣僚会議を開催した。
1日で16都道府県が被害報道 「前代未聞」の広がり
10月30日、全国の報道がクマ関連のニュースであふれた。
「沼田市の民家玄関前でクマに襲われ、69歳男性ケガ」(群馬県)
「金山町で散歩中の70代男性がクマに襲われる」(福島県)
「鹿角市のニワトリ小屋で38羽、果樹園でリンゴ約800個食べられる」(秋田県)
「こども園の防犯カメラに2頭の親子グマ。10発以上発砲して駆除」(福井県)
「小学校・高校にクマ出没。屋内侵入・ガラス破壊も。学校は臨時休校」(山形県)
「北海道初の緊急銃猟でクマ2頭駆除。札幌の住宅街で」(北海道)
「クマが金属製の『箱わな』格子を破って脱走か」(青森県)
「大学敷地内や市街地の銀行にクマ。連日の目撃情報」(岩手県)
「小山町でクマ目撃情報。10月に入り3件目で注意喚起」(静岡県)
「空白地域でもクマの目撃情報。市に36件の通報が寄せられる」(京都府)
「五泉市の小学校でクマ目撃。J1新潟のクラブハウス付近にも出没」(新潟県)
「能美市の住宅街、神社の境内でクマ目撃」(石川県)
「富山市の中学校そばで3日連続クマ出没」(富山県)
「白馬村のペンションなどが立ち並ぶ地域でクマ目撃」(長野県)
「西多摩でもクマ目撃情報相次ぐ」(東京都)
「国道489号でクマ2頭続けて目撃」(山口県)
驚かされるのは、これらすべてが10月30日に報じられた一部であるという事実だ。
環境省によると、今年の死亡事故はすでに過去最多の12件。
全国各地で住民の恐怖が日常化しており、まさに「人里と山の境界」が崩壊している。
政府が緊急対応へ 「自治体の対応には限界」
翌31日、政府は関係閣僚会議を開き、木原稔官房長官が「国民の安全安心をおびやかす深刻な事態」として緊急対応を指示した。
環境省が中心となり、「緊急銃猟」の迅速な運用と「ガバメントハンター」の育成を打ち出した。
防衛省は自衛隊の訓練開始を報告し、文部科学省は学校現場への安全対策強化を発表。農水省は被害農家への支援、国交省は河川や山林からの侵入経路封鎖など、各省が連携して対応する方針を示した。
政府関係者は「もはや自治体単位では限界。全国的な連携と法的裏付けが必要」と語る。
これまで地域任せだったクマ対策を国が主導するという構図は、戦後の自然害対策としても異例である。
木原官房長官は「警察によるライフル銃を使った駆除体制を強化する」と明言し、
従来の“捕獲・放獣”型から“排除・防衛”型へと政策転換が進む可能性がある。
「殺すな」論争から1年 命の天秤が逆転した
昨年冬、秋田県でスーパーに侵入したクマが射殺された際、「クマを殺すな」という抗議がSNS上で殺到した。
「命の重さ」「人間の傲慢さ」を問う議論が広がり、自治体が対応をためらう事態も起きた。
だが今年、その構図は一変した。
人が犠牲となる被害が全国で多発し、「命を守るための駆除」が容認される空気が社会に広がっている。
現場の自治体職員からは「苦情に対応している暇はない」「駆除をためらえば犠牲者が出る」といった切実な声が上がる。
一方で、「親子グマの駆除はやりきれない」と複雑な思いを抱えるハンターも少なくない。
「自然との共存」を掲げてきた日本社会は今、命の天秤をどこに置くのかという根源的な問いに直面している。
フェイク動画が引き起こす“現実の被害”
この緊張状態に拍車をかけているのが、SNSで拡散されるフェイク動画の存在である。
TikTokやX(旧Twitter)には、AIで生成された「人がクマにサツマイモを与える」「制服姿の少女が子グマを抱く」「高齢者が怒鳴ってクマを追い払う」といった動画が急増。
映像は精巧で、一見すると現実のニュース映像のように見える。
中には再生回数100万回を超えるものもあり、コメント欄では「クマは優しい」「感動した」といった反応が並ぶ。
問題は、それを信じた人が実際に餌付けを試みる危険性だ。
一度人間の味を覚えたクマは再び人里に下りてくると言われ、被害は拡大する。
フェイク動画は、単なる虚構ではなく命に直結するリスクをはらんでいる。
政府関係者の一部からも「フェイク動画の拡散防止を法制度に組み込むべき」との意見が出始めており、
情報リテラシーと安全保障が交錯する新たな課題が浮き彫りになっている。
報道機関に問われる「真実」と、私たちに求められる「責任」
この異常事態の中、報道機関にも問われるのは「どのように伝えるか」だ。
「クマ出没」の速報はPVを稼げる素材として扱われがちだが、恐怖や不安をあおるだけでは、問題の本質に迫れない。
今求められているのは、フェイクの見極めや被害の実態を丁寧に検証し、社会に冷静な判断材料を提示する姿勢である。
同時に、私たち一人ひとりにも“見る目”が問われている。
フェイク動画に惑わされず、危険情報を確かめ、地域の安全に関心を持つこと。
「クマ問題」は地方の出来事ではなく、情報と自然の境界が崩れつつある日本社会そのものの鏡といえる。
人間の生活圏と野生の世界が重なり始めた今こそ、
自然と共に生きるための“現実的な知恵”が求められている。

 
  

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