
2022年7月、奈良市で演説中だった安倍晋三元総理(当時67歳)が銃撃され死亡した事件から、3年余りが経過した。
この事件で殺人などの罪に問われている山上徹也被告(1980年9月10日生まれ、2025年10月現在45歳)の初公判が、10月28日午後2時から奈良地方裁判所で開かれる。
日本社会を震撼させた「戦後初の元首相暗殺事件」は、ついに法廷で全容解明の段階を迎える。
事件の概要——なぜあの場所で、なぜあの一撃が
2022年7月8日午前11時半ごろ。参議院選挙の応援演説のため奈良市・近鉄大和西大寺駅前に立っていた安倍元総理に、背後から2発の銃声が響いた。
演説を聴いていた市民の悲鳴が上がり、現場は騒然となった。撃ったのはその場にいた男——元海上自衛官の山上徹也被告だった。
被告は手製の金属パイプ銃を使用。弾丸は安倍氏の胸部と首に命中し、出血性ショックで死亡が確認された。
逮捕直後の取り調べで被告は、「母親が関わる宗教団体への恨みが動機だった」と供述。銃撃は計画的に行われたとみられている。
白昼の駅前で、元総理大臣が暗殺されるという未曽有の事件は、日本国内のみならず世界各国に衝撃を与えた。
被告の動機——旧統一教会への恨みと家庭崩壊
山上被告の供述によれば、事件の根底には旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)への強い恨みがあった。
母親が同団体に深くのめり込み、多額の献金によって家庭は破綻。兄は難病の治療を受けられず自死し、自身も大学進学の道を絶たれたと語っている。
「母が旧統一教会にのめりこみ、全財産を失った」「旧統一教会の幹部を狙ったが接触が難しかった」「安倍元総理が旧統一教会と関係があると思った」——。
被告はこうした趣旨の供述を繰り返してきた。
被告とみられるSNSアカウントには、次のような投稿も残されている。
「我が家から全財産を奪い、母に家族を騙すよう諭した」
「オレが14歳の時、家族は破綻を迎えた」
さらに安倍氏に対しても、「岸(信介元総理)が招き入れたのが統一教会。安倍が無法のDNAを受け継いでいても驚かない」と記していた。
被告の中で旧統一教会と安倍元総理のイメージが結びつき、暴発的な憎悪となっていった経緯が浮かび上がる。
手製銃の製造と試射——周到な準備の痕跡
犯行に使われたのは、2つの銃身を備えた手製のパイプ銃だった。自宅からは他にも複数の銃器や黒色火薬が押収され、綿密な準備の跡がうかがえる。
被告は市販部品を組み合わせ、金属パイプや木製台座を用いて射撃装置を自作していた。事件前日には、旧統一教会の関連施設が入るビルに向けて「試し撃ち」を行っていたとされる。
こうした行動は、単なる衝動ではなく、長期的に計画された犯行であったことを示している。
公判前整理手続きは実に2年に及び、検察と弁護側が争点を整理した上で、ようやく初公判を迎えることとなった。
公判の焦点——罪の成立と情状酌量の行方
山上被告は、殺人・銃刀法違反・火薬類取締法違反・武器等製造法違反・建造物損壊の5つの罪で起訴されている。
このうち、安倍氏を銃撃して殺害した殺人罪、黒色火薬を製造した火薬類取締法違反、そして旧統一教会関連ビルへの“試し撃ち”による建造物損壊罪については、起訴内容を認める方針とみられる。
一方で、手製銃の製造に関する罪状の一部については「成立を争う可能性がある」とされる。
弁護側は、母親の宗教信仰が家庭に与えた影響や、被告自身の成育環境を情状として主張する構えだ。
また、被告の母親も弁護側の請求により証人として出廷する予定であり、その証言がどこまで量刑に影響を与えるかが注目される。
さらに、被害者参加制度に基づき、安倍元総理の妻・昭恵さんの心情を綴った書面も法廷で読み上げられる見通しだ。
社会の問い——宗教と政治の距離をどう測るか
事件後、旧統一教会と政治家の関係が次々と明るみに出た。安倍氏が教団関連団体のイベントにビデオメッセージを寄せていた事実が判明し、政界全体に波紋が広がった。
「宗教二世」と呼ばれる、親の信仰によって生きづらさを抱える人々の存在も注目され、社会は新たな課題と向き合うことになった。
山上被告の行為は決して正当化できない。しかし、その背景に潜む“家庭崩壊と宗教依存”という構造的問題は、事件後の社会に重い問いを残している。
今後の見通し——判決は来年1月21日
公判は予備日を除き計16回が予定されており、判決は来年1月21日に言い渡される見込みだ。
元総理暗殺という前例のない事件で、被告の刑事責任の重さ、社会的影響、そして情状の扱いがどう判断されるか。
その結論は、日本社会の「正義」のあり方を問う試金石となる。



