
大阪市東成区の特別養護老人ホームで、70代の男性入所者が入浴介助中に高温の湯に入れられ、全身の約8割にやけどを負い、3週間後に死亡した。逮捕された介護福祉士の男は「熱湯だとバレるとまずいと思った」と供述し、浴槽の設定温度を適温に戻していたことも判明。過失か故意か。事件の背後には、介護現場が抱える深刻な課題が見え隠れしている。
50℃超の湯、逃げられない男性
2025年6月2日午前、大阪市東成区にある特別養護老人ホーム「アルカンシエル東成」。
半身まひのある70代男性が、専用リフトに体をベルトで固定されたまま浴槽に入れられた。浴室は静かで、機械の稼働音だけが響いていたとされる。だがその湯温は50℃を超えていた。
男性は自ら身動きできず、訴える声を上げても浴室には職員の姿がなかった。数分後、肌は赤くただれ、皮膚はめくれ落ちるような状態になった。やけどの範囲は全身の約77%。病院に搬送されたが、23日後に息を引き取った。
「わざとではない」と否認した介護福祉士
傷害致死の疑いで逮捕されたのは、介護福祉士の三宅悠太容疑者(38)。同施設の正規職員ではなく、介護職専門のアプリを通じて応募していた日雇いアルバイトだった。
逮捕前に記者の直撃を受けた三宅容疑者は、こう答えている。
「わざとではないです。長年やってきた介護業務ですが、自分のプロ意識が欠けていた」
一見、過失を強調する言葉。しかし、警察の調べに対しては別の供述をしていた。
「ストッパーを解除して高温の湯を張った。被害者が搬送された後、熱湯だとバレるとまずいので設定を適温に戻した」
矛盾する言葉。さらに「聞こえていたけど、聞こえていない」と、被害者の悲鳴をどう認識していたのかについても曖昧な返答を繰り返した。
警察「過失ではなく故意」
施設では通常、湯温が45℃以上にならないようストッパーが設けられていた。しかし、三宅容疑者はこれを外し、50℃以上の湯を張っていたことが判明。
警察は「過失ではなく故意」と断定し、傷害致死容疑を適用した。
証拠隠滅を図るように設定温度を元に戻した点も、容疑の裏付けとみられている。
入浴介助の現場はどうなっているのか
今回の事件を受け、別の介護施設を取材した。入浴介助の様子を見守ると、職員は「お湯加減いかがですか」「ご気分悪くないですか」と絶えず声をかけ続けていた。
椅子型リフトを操作する手は片時も離さず、湯に触れる瞬間はつきっきりで見守る。
施設の運営会社社長は言う。
「ここで湯温が高ければ、必ず『熱い、熱い』と訴えがあるはずです。すぐに気づくのが当然です」
つまり、通常の手順であれば数分間も放置されることはあり得ない。
人手不足と安全管理のほころび
なぜ、こうした事故が起きてしまったのか。背景には介護現場の人手不足があると専門家は指摘する。
- 職員配置の不足で、一人で複数の業務を抱え込むケースが多い。
- 日雇いアルバイトなど経験の浅い人材に責任ある介助を任せざるを得ない現状がある。
- 利用者にとって最も危険を伴う「入浴介助」が、最も負担の大きい業務の一つである。
今回のケースも、1人でリフト操作から介助まで行っていた。二人以上での対応が基本となれば、防げた可能性は高い。
被害者と家族に残されたもの
浴槽で声を上げながら動けずにいたであろう男性。その恐怖と苦痛を思うと、胸が締めつけられる。
遺族にとっては「施設に預ければ安心」という信頼が一瞬で崩れ去った形だ。
SNSには「高温ストッパーを解除する理由に正当性はない」「入居者は声を上げていたはず」「これは過失ではなく拷問に等しい」といった声が溢れた。
介護施設に身を委ねる家族や利用者にとって、この事件は大きな不安を残した。
再発防止に向けて
介護福祉士による入浴事故死という痛ましい事件。容疑者の供述や行動は不可解さを残しつつ、介護現場の人手不足と安全管理の脆弱さを浮き彫りにした。
「介護施設 入浴事故」「介護現場 安全対策」といった課題は、今後ますます社会的な関心を集めるだろう。
利用者の命を預かる介護現場に求められるのは、経験や技術だけでなく、徹底した体制づくりと安全への意識だ。
同じ悲劇を繰り返さないために、事件の真相解明と再発防止策が急がれている。