
「国民的行事」がテレビから消える――。王貞治がイチローを口説き落とし初代王者に輝いた2006年から、大谷翔平とトラウトの死闘で幕を閉じた2023年まで。WBCは、日本の春を熱狂で包む祭典だった。その伝統を根底から揺さぶる“事件”が起きた。
来年3月に開幕する第6回大会の日本国内放送権を、地上波各局ではなく米Netflixが独占的に握ったのだ。契約金額は150億円――もはやオリンピック並み。民放各局は「手も足も出ない」と白旗を上げ、メディア業界は大混乱に陥っている。
Netflix、“生中継ライブ”で全試合を独占
第6回WBCでは、日本国内における全47試合の独占ライブ配信権がNetflixに渡った。初戦は東京、決勝はマイアミ。生中継・オンデマンドを含め、地上波テレビが一切生で中継できないという、前代未聞の構図である。
読売新聞社「通さず」「裏切られた」経緯
東京ドームでの一次ラウンドを含む大会10試合の主催者である読売新聞社は、放送局選定の権限を持つはずだった。ところが、主催団体であるWBCIは読売を介さずに直接Netflixと契約を結んだ。読売の内部には「完全に頭越しを食らった」「裏切られた」という憤りが渦巻いている。
視聴率40%超の“共通体験”が消滅へ
2023年大会では、日本戦7試合すべてが視聴率40%超を記録。老若男女が同じ時間に同じ試合を見て盛り上がる、かつての「共通体験」は消え去ろうとしている。代わりに残るのは、有料配信に集まる一部の熱狂的ファンだけだ。国民的行事を象徴してきた“テレビの力”が一夜にして消えるのである。
150億円――民放を突き放した“異次元の暴騰”
2019年の第4回大会では10億円、2023年の第5回大会では30億円とされた放送権料が、一気に150億円へと跳ね上がった。オリンピック級の金額に、民放は完全にお手上げ。広告収入では到底回収できず、
「出せるはずがない」として撤退を余儀なくされた。これまで守られてきたテレビ局の牙城は、一瞬で崩れ去った。Netflixは日本での会員数が伸び悩む中、大谷翔平という絶対的スターを抱えるWBCを“切り札”に選んだ。150億円という巨額投資も「回収できる」と踏んだのだろう。
さらに巧妙なのは「ニュース映像の使用は許可する」という方針だ。つまり生中継は独占するが、ニュース番組での紹介は歓迎する。テレビ各局を“宣伝役”に利用する狡猾な戦略が透けて見える。
メディア業界に走る絶望感
地上波中継が消えるという衝撃は、単なる放送権の移動ではない。日本における「スポーツの共通体験」という文化そのものを根底から揺さぶる。これまでテレビが担ってきた公共性は失われ、視聴体験は分断される。関係者からは「ここまで来ると、もう大谷本人に『地上波でやってほしい』と訴えてもらうしかない」といった声すら漏れ始めている。
王、イチロー、大谷が築いた栄光の歴史は、常にテレビの大画面を通して国民と共有されてきた。だが、2026年春、WBCはNetflixの独占配信によってその形を変える。国民全員で一斉に盛り上がるあの風景は、もう戻らないのかもしれない。スポーツとメディアの関係は、いま大きな転換点に立たされている。