
2024年、東欧の小さな国アルバニアが世界に衝撃を与えるニュースを報じた。エディ・ラマ首相が、内閣に「AI閣僚」を指名したのだ。物理的な存在を持たず、コードとピクセルで構成されたバーチャルな大臣、その名は「ディエラ」。アルバニア語で「太陽」を意味するこのAIは、国家の長年の課題であった「汚職」に立ち向かう切り札として、公共入札の全権を委ねられた。
この前例のない取り組みは、デジタル技術が国家運営の根幹を担う時代への突入を象徴する出来事として、世界中で大きな注目を集めている。なぜアルバニアはAI閣僚を誕生させたのか。そして、その狙いとは何なのか。
汚職大国からの脱却:AI閣僚誕生の背景
アルバニアは、長年にわたり汚職が蔓延する国として知られてきた。国際NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)」が発表する「腐敗認識指数」では、常に低い評価にとどまってきた。この汚職問題は、アルバニアが長年目指してきた欧州連合(EU)への加盟にとって、大きな障壁となっていた。EUは、加盟国に「法の支配」や「行政の透明性」といった厳しい基準を求めている。
しかし、2024年のTIの報告書によると、アルバニアは「腐敗認識指数」において5点も改善し、EU加盟候補国の中で最も優れた進展を示したと評価されている。これは、近年のデジタル化推進や汚職対策への取り組みが評価された結果だろう。
このような背景の中、ラマ首相は、公的なプロジェクトを民間企業に発注する際の「公共入札」を、AIに担当させるという大胆な決断を下した。公共入札は、談合や賄賂など汚職の温床となりやすい。人間が関与することで生まれる「偏見の恐れ」や「行政の硬直性」を排除し、AIが客観的なデータに基づいて入札を評価することで、「100%腐敗のない入札」の実現を目指すという。
AI閣僚の「ディエラ」は、まさにこの汚職撲滅という最重要課題を担う、国家の最前線に立つ存在なのだ。
「ディエラ」とは? アルバニアに根付くAIテクノロジー
今回、AI閣僚に任命された「ディエラ」は、決して突如として現れた存在ではない。すでにアルバニアでは、国民が政府のサービスをデジタルで利用するための公式プラットフォーム「e-Albania」で、バーチャルアシスタントとして活躍してきた。
報道によると、ディエラはアルバニアの伝統衣装を身につけた若い女性のアバターを持ち、これまで3万6600件ものデジタル文書の発行を支援し、約1000件のサービスを提供してきた実績がある。国民にとっては、すでにお馴染みの存在と言えるだろう。
そして、今回のAI閣僚への就任は、公共入札に関する決定権を完全に掌握することを意味する。首相は「入札に関する決定は『各省庁』によって行われ、『公共調達の機関』であるディエラに委ねられる」と説明。さらに、ディエラは「世界中から才能ある人材を雇用する」権限も持つという。これは、国家運営にAIが深く関与し、従来の行政の枠組みを超えた効率化を図るという、アルバニアの強い意志を示している。
AI閣僚の課題と未来への期待
AI閣僚の誕生は、世界中の政府にとって新たな先例となりうる。公共調達の透明性を高めるだけでなく、将来的には法案の策定や政策決定など、より広範な分野でAIが活用される可能性を秘めている。
一方で、懸念点も少なくない。AIが判断を下す際のアルゴリズムが不透明であったり、意図しないバイアスが含まれていたりする可能性も指摘されている。また、AIに国家の重要事項を任せることへの倫理的な問題や、人間の政治家や官僚の役割がどう変化していくのかといった議論も不可避だ。
ラマ首相は、この大胆な試みについて「これはSFではなく、ディエラ氏の使命だ」と断言している。この言葉には、AIに国家の未来を託すという強い決意が込められているのだろう。
汚職撲滅という困難な課題に、AIという最新技術で挑むアルバニア。彼らの試みが成功すれば、それは単に一国の行政改革に留まらず、AIが国家運営の透明性と効率性を飛躍的に向上させる可能性を世界に証明することになる。
AI閣僚「ディエラ」の動向は、今後も世界中の注目を集め続けるだろう。この壮大な社会実験は、私たちに「国家の未来をAIに委ねられるか?」という大きな問いを投げかけている。