“1億2000万円着服”の陰に 責任をとらない多重下請け構造に群がる寄生業者

2025年7月28日、大阪・関西万博のアンゴラパビリオン建設を巡る工事費未払い問題で、大阪市鶴見区の建設会社「一六八建設」の経理担当者が業務上横領の疑いで刑事告訴・告発された。総額1億2000万円超にのぼる資金を、会社口座から26回にわたって着服した疑いがある。
だが、本事件は単なる着服にとどまらず、公金事業の構造的病理、すなわち多重下請けによる中抜きと、それに乗じた“監督責任の空洞化”の象徴でもある。
着服事件の構図と一六八建設の言い分
刑事告訴の対象となった経理担当者は、会社側の主張によれば、工事費の支払い資金を私的に流用したとされている。一六八建設は「経理担当者の横領が原因で、1億円以上にのぼる工事代金を下請け業者に支払えなくなった」としており、建設業許可の未取得についても「経理に任せていた」と責任を転嫁する姿勢を見せている。
しかし、経理担当者は「前の工事の支払いに充てただけ」「私的流用は一切していない」と着服を否定。さらに、「建設業許可の申請も準備していたが、建築士との関係悪化で出せなかった」と反論しており、社内のガバナンス不全が浮き彫りとなっている。
一六八建設は7月22日、大阪府から建設業法に基づく30日間の営業停止処分を受けている。
実態を語るAさん 記者会見で構造の闇を告発
この一連の問題について、実際にアンゴラ館の内装工事に従事し、代金未払いに苦しむ中小業者の代表である「Aさん」が、5月30日、大阪府庁で緊急記者会見を開いた。倒産の危機に直面していたAさんに連なる業者は3社。当日の会見には急な開催にもかかわらず、記者クラブから20社以上が詰めかけた。
Aさんは「職人たちから『妻が泣いている』『家賃が払えない』『子どもが生まれたばかりで家を追い出されそうだ』という声が寄せられている」と窮状を訴えた。実際の施工を行っていたのはAさんら少人数の作業チームだったが、彼らの頭越しに発注と支払いが何重にも折り重なっていた。
委託構造:誰から誰へ、そして誰が働いたのか
アンゴラパビリオンの建設を巡る委託構造は以下のようなものだ。
- 発注元:博覧会協会(万博協会)
- 一次請け:株式会社NOE JAPAN
- 二次請け:吉拓株式会社
- 三次請け:株式会社大鵬
- 四次請け:一六八建設
- 五次請け:Aさん(実際の施工者)
Aさんによれば、NOE JAPANや吉拓、大鵬、一六八建設の関係者は時折現場を見に来て指示を出すだけで、実際の工事はAさんのチームが昼夜を問わず対応していたという。
だが、工事完了後もAさんへの支払いは滞り続け、工事を中断せざるを得なくなった。Aさんの元には、リース会社から機材費の支払い督促が相次ぎ、下で働いていた職人たちへの支払いもままならない状態が続いた。
「グリーンファイル」不作成と行政の責任
通常、建設工事では元請け業者が「グリーンファイル」を作成し、下請け業者の安全管理や作業日程などを管理するが、この工事ではその作成もなかった。安全や工程管理の不備は元請け・協会・行政すべての責任と言っていい。
Aさんは記者会見で、「大阪府知事は『寄り添う』と言うが、実際には何の対処もない。下請け業者の声を聞き、支払いがなされるよう強制力を持つべきだ」と強く批判した。
政治的影響と制度の空洞
国や万博協会、大阪府市はいずれも「民間同士の契約には介入できない」と繰り返すが、実態はその民間の「契約不履行」が国家的プロジェクトの根幹を揺るがしている。SNSでは「中抜き構造にメスを入れなければ再発する」「公共事業での多重請負を禁止すべき」といった声が相次いでいる。
政府は一部の建設業者に対して「万博貿易保険」の活用を提示したが、これは任意加入制であり、救済には至らなかった業者も多い。万博協会は「2024年10月までにすべてのパビリオンを完成させる」としていたが、突貫工事の現場では疲弊した中小業者が次々と倒れていく。
野党・れいわ新選組の佐原わかこ議員も5月23日の経産委員会で未払い問題を取り上げ、「中小業者を見殺しにするな」と訴えているが、実質的な対策は示されていない。
中抜きだけして現場を放棄 “請負だけの幽霊元請け”
Aさんによれば、NOE JAPAN、吉拓、大鵬の各社は、現場を「たまに見に来て指示を出すだけ」の存在だった。実質的な安全管理も工程管理も一切なされず、工事に不可欠な「グリーンファイル」の作成さえなかった。これは、国が主導するプロジェクトであるにもかかわらず、最低限のコンプライアンスも果たされていなかったことを意味する。
行政が求めた“突貫工事”の陰で、中小業者とその職人が搾取され、生活を壊された。一六八建設の経理担当者による横領は確かに直接のトリガーだったが、そもそもそうした業者を連ねていた元請け・上位請けの審査と責任こそ、今回の構造的問題の本丸といえる。
公金に群がる業者がもたらす「制度腐敗」
SNS上では「ただの中抜き業者が金を吸い上げている」「元請けが現場を監督すらせず、リスクも背負わずに利ざやだけ抜く仕組みは異常」といった怒りの声が絶えない。
どんな産業セクターでも多重下請け構造は起きている。それ自体は嘆かわしいことだが、もはや排除のしようもなく、全てが悪いとは言えないだろう。ただ、何かこのような問題が起きた時に責任を取るのが、上位の受託先のハズである。
適切な業者をスクリーニングしなかったという点では、一六八建設を選定した大鵬、その大鵬を選定した吉拓、NOE JAPANの責任は重いだろう。厚生年金的確事業者検索システムでは、一六八建設の社員は3名となっている。小規模事業者を大型案件に絡めることを否定はしないが、支払い能力など決算書などの提出を通じて確認しなかったのか不備が問われる。また、厚生年金に登録したのが、令和6年7月1日となっているので、万博のために作られた会社なのだろうが、それであればなおさらキャッシュフローの確認などが必要だったろう。
こうした請負業者の存在は、単に一つの現場の混乱にとどまらない。日本社会全体の信頼、技術の蓄積、職人文化を食い潰し、さらには海外からの信頼までも毀損する。日本政府が誇るべき国家プロジェクト「万博」の裏で繰り広げられた不正と崩壊は、まさに国の面子を汚す事態と言って差し支えない。
責任を問う 「支払えば終わり」ではない元請けの義務
国家プロジェクトである万博の建設事業において、元請け企業が担うべき責任とは何か。工事代金の支払いさえ済ませれば、その責務を果たしたことになるのか。答えは否である。業者の選定に始まり、施工体制の可視化、コンプライアンスの順守、安全管理の徹底に至るまで、そのすべてを俯瞰し、瑕疵が生じた場合には、自らの責任として引き受ける覚悟が問われている。それこそが「元請け」の本来の在り方であり、NOE JAPAN、吉拓、大鵬はその任に到底応えていない。
実際に現場で工事を担ったAさんや職人たちは、いまなお未払いに苦しみ、生活基盤を揺るがされている。そうした彼らの苦悩に対し、上位の請負企業が「万博協会が支払いを保証すればよい」と他人事のように語る姿勢は、日本人としての矜持を持ち合わせない非情な態度に映る。発注責任の重みを一切感じさせないその態度は、「元請け」としての立場を放棄しているに等しい。
まずは、自らが請け負った責任に応じて、NOE JAPAN、吉拓、大鵬といった元請け・上位請負企業が、Aさんら末端の施工者に対して直接的な補償を行うべきである。それが済んだうえで、万博協会に対する支払い保証や損害補填を求めて法的手続きを進めるのが筋であり、責任を転嫁したまま沈黙を決め込むことは断じて許されるべきではない。
いま、目の前で疲弊し、泣きながら訴えている中小業者を見捨て、平然と自らの立場だけを守ろうとするその根性が理解できない。建設業界では深刻な人材不足が続いているが、現場を支える職人たちを軽視し続けるような企業体質では、この先に未来などあるはずもない。
さらに看過できないのは、こうしたずさんな体制と無責任な対応が、国際社会に向けて「日本は公的プロジェクトをまともに遂行できない国」という印象を与えたことだ。海外の政府関係者や関係企業にとって、これは万博の信頼性を損ねただけでなく、日本全体のプレゼンスを著しく引き下げた失態といえる。
業者の力量や経営体制を見極めることなく、多重構造の請負体制を組み上げ、その上でトラブルが発生すれば責任を最末端に押し付ける。こうした構造が温存されている限り、国内の中小建設業者は疲弊し続け、優秀な職人も業界から離れていく。そして、日本の信頼は静かに、しかし確実に、地に堕ちていく。今回の一件は、その危機の現実を突きつけている。