
12日未明、X上で突如として「シュシュ女」というワードがトレンド入りした。発端は、11日に千葉県の幕張メッセで開催されたK-POPイベント「KCON JAPAN 2025」における、出演アイドルによるお見送り会の場面だった。
問題視されたのは、会場の進行を担う「剥がし」スタッフと呼ばれる女性職員の対応である。該当のスタッフは白いシュシュで髪を束ねており、ファンの間で「シュシュ女」と名指しされることになった。SNSでは「笑いながらファンを急かした」「剥がしがあまりに早すぎる」といった指摘とともに、動画が拡散され、瞬く間にバッシングが加熱していった。
拡散される個人情報と暴走する正義
騒動は単なる現場対応への苦情にとどまらなかった。女性スタッフとされる人物のインスタグラムアカウントや顔写真、さらには派遣元とみられる人材派遣会社の名前までが拡散され、SNS上では容姿への侮辱や人格攻撃が相次いだ。こうした事態に対し、一部からは「私刑に走りすぎではないか」との冷静な声も上がっている。
「私刑とかここまでやる必要ある?」と疑問を呈する投稿がある一方で、「特定とかオタクの得意技だし、自業自得」と開き直る投稿も見られ、社会的な正義感と個人攻撃との境界が曖昧になっている現状が浮き彫りとなった。
“正義の顔”をした娯楽としての炎上参加
今回の炎上には、単なる怒りや正義感を超えた“感情の娯楽化”が透けて見える。
誰かを叩くという行為が、同調圧力の中で一種の「カタルシス」や「自分のまともさの証明」になっていく。そうしたSNS空間では、他者への攻撃は倫理的判断よりも“気持ちよさ”の方が優先されがちだ。
拡散に参加する人々は、「自分は正しい側にいる」という安心感のもとで、“批判”をコンテンツ化していく。その過程で、シュシュ女と呼ばれた一人の女性の人格は「匿名の正義」の前に消費され、さらにはファン文化そのものが自壊していくという皮肉を孕んでいる。
正義感に見せかけた娯楽消費。それは、無数の人々が「ちょっと一言」のつもりで拡散し、参加し、冗談のように火に油を注ぐ構造だ。SNSが感情を加速させるこの時代において、「正しさ」という名の暴走は誰にでも起こりうる。
動揺するアイドルと制限された時間
一方で、現場の混乱が伝わる動画も広く拡散されている。9人組グローバルボーイズグループ「ZEROBASEONE」のパク・ゴヌク(20)が、お見送り時に目を丸くして驚いている様子がSNSで注目を集めた。「本人もファンももっとゆっくりしたいはず」という声に象徴されるように、イベント進行とファンサービスのバランスに関する議論も巻き起こっている。
しかし、混雑を緩和し時間内にすべてのファンを案内するためには、迅速な誘導は避けられない側面もある。筆者自身も学生時代に「剥がし」スタッフの短期アルバイトを経験したが、長時間の立ち仕事は体力的に厳しく、後半には動きが雑になるのも無理からぬことだったと記憶している。
誹謗中傷の果てに 失われゆく接触文化
シュシュ女と呼ばれた女性に対する攻撃が激化した結果、ネット上では「派遣元に通報した」といった動きも報告され、問題は個人レベルを超えて業界全体に波及し始めている。匿名性の裏に隠れた悪意が、ひとりのスタッフを標的にし、さらにはイベントの根幹をも揺るがし始めているのだ。
X上には「ここまで個人を特定できるなら、もっと指名手配犯が捕まるはずだ」との皮肉めいた投稿も見られ、正義の暴走に対する懐疑の声も根強い。また、過去には接触イベントでファンがアイドルに抱きつこうとする事件もあったことから、現場での厳格な進行が求められる背景にも一定の理解がある。
「シュシュ女」が消えて、イベントも消えた
今回の騒動によって、今後、剥がし業務に応募するアルバイトは激減することが予想される。接触イベント自体の開催継続にも影を落としかねない。ファンとアイドルが近くで交流する文化は、シュシュ女の「笑み」ではなく、怒りを募らせた一部のファンの手によって終焉を迎えるのかもしれない。
アイドルとファンの距離を物理的に縮めたはずの接触イベントは、同時に人間関係の緊張も引き寄せていた。今、その歪みが一人のアルバイト女性に集中し、そして業界全体へと拡がっている。