新型コロナウイルスの大流行に世界中が襲われた2020年。戦後最大の経済危機とも言われるコロナ禍は、2021年を迎えても、なお中小零細企業の経営に甚大な影響を及ぼしています。そのような中、約1世紀にわたり、約2万3000もの中小零細企業が軒を連ねる東京都足立区に根を下ろし、中小企業の強い味方であり続けてきたのが足立成和信用金庫です。今回は、足立成和信用金庫綾瀬支店の根岸宏一支店長から深く地域に寄り添うその想いについてお伺いしました。
地域の信用金庫としてお客様の問題解決に取り組む
――足立成和信用金庫は、1926年の創業以来、「お客様と共に成長するため 衆知をもって考動し 独自性を高め 地域の未来づくりに貢献する」という経営理念のもと、地域密着型の金融機関として足立区民と共に歩んでこられました。現在、支店は23店舗、プラザ3拠点。そのうち区外は隣接する八潮市・草加市・越谷市の3店舗と、まさに足立区民と事業者に深く関わりを持った信用金庫です。今回お話を伺うにあたって、まず御庫と足立区との繋がりについてからお聞きします。
「当庫と足立区とは『協働・協創』推進のための包括連携協定を締結し、緊密に連携を取り、さまざまな活動を共同で行っています。
特に事業者に対しては今回の新型コロナウイルス感染拡大に伴う取り組みとして、足立区の中小企業制度融資を利用する際に、当庫を利用していただくと金利を優遇する措置を設けました。1年目は足立区が全額補助、2年目~5年目は足立区が3分の2を補助、当庫が3分1を補助し、5年間実質無利子で利用できるというものです。他にも区民の健康増進を目指し、区の定期がん検診を受診された方へ定期預金金利を上乗せするサービスなども行っています」
――御庫は、他にもさまざまな地元イベントへの協賛や、地域への貢献を積極的に行っています。例えば「地域創生事業」として「あだち夢のお菓子コンテスト」の様子がホームページで紹介されています。
「足立区には東京都内の菓子製造業者の約3割が集まっています。そこに着目し、足立区内のお菓子やパンメーカーを積極的にPRするために、2019年から『あだち菓子博』を区内の大型商業施設アリオ西新井で開催しています。
2020年は『あだち夢のお菓子コンテスト』と題し、区内の小学生から夢のお菓子を募集して、足立区長を始め当庫理事長やお菓子メーカーの社長、パティシエの皆様に審査してもらい、各賞を決めるイベントを行いました。そこで受賞したお菓子を菓子博で実際に販売し、好評をいただきました。
また、地域貢献の一環として、区内のこども食堂への応援のため、こども食堂支援団体と協働し、当庫の支店で野菜や果物の即売会を行い、その収益金をこども食堂に提供しています」
――御庫のホームページに掲載されている「いちばん身近でおせっかいな信用金庫」という言葉を実践されていると思います。区内で事業を営む経営者の抱える問題を解決するための施策も数々打ち出していますね。例えば創業者を支援するインキュベーション施設「あかつき」。この施設はどのような経緯で設立されたのでしょうか?
「足立区との協定には創業者支援事業も含まれており、金融機関として今まで培ってきたノウハウを、これから起業を目指す方々にお伝えすると共に、資金面での支援も行うことを目的としてスタートしました。
足立区は全国の他の地域と同様に、中小企業の事業承継・後継者不足に悩まされています。後継者問題の解決に取り組みつつ、新しいことに挑戦したい経営者への支援、地域の未来作りのための援助をしたいと考えてスタートしました。
地域の住民・事業者に対して、預金をしていただく、融資をするだけの関係ではなく、皆様の抱える問題解決の手助けもしていきたいのです。
例えば、足立区では新型コロナウイルス感染拡大防止のために、パーティションなどを購入するなど飛沫防止対策を行った事業者に支援金を支給しています。ですから職員には飲食店経営者が来店したら必ずコロナ対策の状況を確認してください、と伝えています。もし何らかの対策を講じているようなら、支援金を受け取ることができますから。こういう情報提供をするのも金融機関の仕事だと思っています」
――お客様に対し、より一歩踏み込んだアドバイスをするスタンスはステークホルダーとの親密な連携の形成、そして存在価値の向上になっている。足立成和信用金庫が経営者の「伴走者」として歩んできた営為を窺い知れます。
「ある事業者のお客様のエピソードなのですが、その方は事業所を移転することになり、新たな駐車場の土地を探していらっしゃいました。私も当庫の各支店に連絡して探したのですがどうしても好条件の土地が見つからず困っていました」
「その時私は、事業所の移転先が当庫と提携している、シグマバンクグループ亀有信用金庫本店の地区でもあることから亀有信用金庫の本店長に連絡して候補地探しを依頼したところ、無事に用地を見つけることができた。お客様からも『大変助かった』と感謝の言葉をいただけ、信用金庫間の連携が功を奏した結果となりました」
「こういった事業者の本業における課題解決、お客様が悩み困っていることを解決するのも金融機関としての地域への貢献だと思います。おそらく、同様の活動は他の信用金庫もしていると思いますが、足立区に限っていえば当庫が最も区の細部まで、そして裾野を広げて浸透したきめ細やかなサービスを提供している。そのことに私は自信を持っていますし、何より足立成和信用金庫の職員として仕事をすることに誇りを持っているのです」
人と人、信頼関係が何よりの基本にある
――根岸支店長はどのような経歴で歩んでこられたのでしょうか。またその中でステークホルダーとの関わりについてどう考えてこられたのでしょうか?
「私が入庫して最初に赴任したのは埼玉県にある草加支店でした。草加市も足立区と同じく、製造業の町工場が立ち並ぶ地域です。プレス屋、金型屋、プラスチック成型にインジェクション。これらがほとんど、いわゆる『3ちゃん経営』でした。私は新人営業担当者として、プレス機が大きな音を立てて稼働する中を走り回っていました。私が入庫した1996年にはまだ好景気の名残りがあり、町工場も忙しく活気があった頃。学校を出たばかりで、お客様が何気なく使っている業界用語を何も分からなかった私が、どう勉強したらいいか困っていたら、当時の上司が『分からなかったら現場で聞いてみればいい』と。それで工場に行って社長に質問してみたら、皆さんが親切に教えてくださったことを覚えています。その次は本木関原支店、そして西新井駅前支店と移りました。どちらも地域性に特徴がありました。本木関原支店は廃棄物を回収して製紙原料に加工する会社が多く、西新井駅前支店では不動産業が多かったですね」
「その後、先程ご紹介した『あだち菓子博』を開催しているアリオ西新井のイトーヨーカドーに出向しました。10月から12月までの3カ月だったのですが、小売業はこの3カ月間が最も忙しい時期で、毎日品出しに走り回りました。その時に、本木関原支店に勤務していた時のお客様が来店して『あなた、信用金庫を辞めちゃったの?』と言われてしまいました(笑)。しかしそのお客様が『あなたから買うわ』と言って、クリスマスケーキや駅弁フェアの弁当などを買ってくださった。改めて人と人との信頼関係が何より大事なのだ、と実感できた経験もありました」
「当庫に戻ってからは融資係として債権管理や回収、延滞管理などを担当しました。これらの仕事は信用金庫業務の花形である営業と比べて、裏方の仕事です。しかし融資係のような陰から支えてくれる職員がいるからこそ金融機関が円滑に運営されていることも身に染みました。八潮中央支店、竹の塚支店で融資責任者となりましたが、この時、痛感したのがお客様とのコンセンサス、意思疎通の大切さです。お互いの信頼関係をしっかりと構築しなければ、必要以上に不安を抱え込むことになる。『お客様はこの日に入金する、と言ってくれているが本当に入金されるのだろうか』と不安で、胃がキリキリする日々だったのを覚えています」
「副店長として配属された中央支店では今まで経験してきた営業、融資と共に、窓口での対応を指導することも多くなりました。例えば振り込め詐欺防止への対応。明らかに不自然な引き出し額を発見したらお客様が被害に遭わないよう、注意喚起を促すようにしました。時には警察に来てもらうことも。お客様によっては『自分の預金を引き出すのになぜ警察を呼ばれなければならないんだ』と怒る方もいらっしゃいましたが、何より犯罪を未然に防ぐことが重要ですから。実際にそこでお気づきになるお客様もいらっしゃいました……。その後人事部に配属となりました。人事部では人財育成、職員および新入職員研修を担当しました。その時担当した新入職員が今では営業係として優績表彰を受けたり、各係として営業店や本部で活躍していることを本当に嬉しく思います。本部でもさまざまな経験を積ませていただき、2019年に現在の綾瀬支店に支店長として赴任しました」
――現在までの経歴を伺うと、その時々にお客様や上司との繋がり、深い縁が感じられますね。
「私自身『一期一会』、お客様との信頼関係が何よりかけがえの無いものだと強く実感しています。金融機関業務ですから預金をしていただく・融資をさせていただくという関係はありますが、そういった取引の関係が無くなったとしても信頼関係は続いていく。縁はずっと続いていくのだと思います」
――その「縁は続いていく」という想いが、現在の地域貢献を含めたステークホルダーとの関係性にも反映されているのではないでしょうか。
「その『縁』について、もう1つお話ししたいことがあります。それは私の実家のことです。私の実家は精肉店を営んでいるのですが、父が50年前に独立した時に、資金を援助してくれたのが信用金庫でした。まだ資産もなければ信用もない、これからどうなるかも分からない一介の若造だった父が自分の店を持ちたいと願った時、その夢を信じた信用金庫が融資をしてくれた。その時の融資で父は店を開き、母と結婚し、私が生まれた。つまり私の命は信用金庫が与えてくれたようなものなのです。父の夢を信じてくれたその時の信用金庫の判断が、50年の時を経て今の私に繋がっている。数字だけではない縁が今も続いている事例を私自身が示しているのです」
次世代へと続く「縁」
――地域貢献、そしてステークホルダーとの関わりについてさまざま伺ってきましたが、最後に環境への配慮や未来を担う新しい世代へどのような社会を残していきたいと考えておられるのか、今後の展望についてお伺いします。
「現在、当庫では通帳レス化の推進や紙媒体の電子化などの活動を進めると共に、足立区を貫く荒川河川敷の清掃活動・ボランティア活動を行っています。また大学生インターンシップや中学生・高校生の職場体験学習の受け入れも積極的に行っています。特に職場体験学習は、学校側からの依頼があれば全て引き受けるつもりで対応しています。地元の子供たちが私たちの仕事に興味を持ち、将来入庫してくれて一緒に仕事する仲間になるかもしれませんから。また、私の父のように当庫の未来のお客様になるかもしれない地域の子供たちの夢への一歩を応援したいと考えています。先ほどご紹介した『あだち夢のお菓子コンテスト』から、未来のパティシエが誕生するとうれしいですね」
――環境問題や将来の世代への援助に関しても、地域に根ざすという軸が貫かれていることが伺えます。最後に改めて、根岸支店長の信用金庫の仕事への、そしてステークホルダーへの想いについてお伺いします。
「私はこの仕事が好きです。1年や2年で簡単に結果が出る仕事ではありませんが、結果が出ればそれは長く続いていく。もちろんその信頼関係を維持するためには努力をしなければなりませんが、人の『縁』を実感できる仕事だと思います。
私が職員としてスタートしたばかりの頃、住宅ローンでご支援させていただいたお客様がいらっしゃいました。若いご家族だったのですが、住宅ローンの審査を通す時にさまざまな困難がありました。しかしこのご家族のためだと思って必死でできる限りのサポートをさせていただきました。
やっと建った真新しい家を見上げながら、ご主人から『根岸さんがいなければこの家は建たなかった』と言ってもらえた時、胸にこみ上げてくるものがあったことを覚えています。そういう仕事ができることを、私は誇りに思っています」
――信用金庫という仕事を通し、さまざまなステークホルダーとの繋がりが生まれ育まれていることを教えていただきました。本日はありがとうございました。
<プロフィール>
根岸 宏一
足立成和信用金庫 綾瀬支店 支店長
・大東文化大学 英米文学科卒業
・平成8年4月 足立成和信用金庫 入庫
・配属店舗
平成8年4月 草加支店(預金係・営業係)
平成14年9月 本木関原支店(営業係長)
平成18年9月 西新井駅前支店(営業係長)
平成20年10月~12月 イトーヨーカ堂(アリオ西新井)
平成21年1月 佐野支店(融資係長)
平成21年9月 八潮中央支店(融資店長代理)
平成24年2月 竹の塚支店(融資店長代理)
平成26年2月 中央支店(副支店長)
平成29年2月 人事部(人事課長)
平成31年2月 綾瀬支店(支店長)