サイバーリンク株式会社 セールスデパートメント バイスプレジデント 萩原英知さん
サイバーリンク株式会社は1996 年設立の台湾外資企業。マルチメディアソフトウェアの世界的リーダーとして知られる同社では、2017年にウエブ会議やオンラインセミナーからなるビジネスコミュニケーションツール「U」をリリース。ついで2018年に「FaceMe」でAI 顔認識エンジンに進出、と立て続けに新機軸を打ち出している。入退室セキュリティや商業施設などの来場者分析、モバイルバンキングのログインなどでの需要増に伴い、大企業からスタートアップまでが参入し、群雄割拠の様相を呈する顔認識の領域で、同社独自の技術力がどのように展開していくのか。
ビジネスの拡大に伴い、ステークホルダーとの関係はどう変化していくのか。サイバーリンク株式会社 セールスデパートメント バイスプレジデントの萩原英知さんに聞いた。
先行する顔認識の市場へ「FaceMe」で進出。その狙いと勝算とは
―まずは、御社が顔認識の領域に進出した背景について聞かせてください。
もともと我々はBtoC向けのソフトウエア製品を主力とするメーカーです。PCソフトウエアの市場が頭打ちになる中で画像編集やビデオ編集の技術を活かし、BtoBでもうひとつの柱を作ろう、というのがここ数年の流れで、その第一弾がビジネスコミュニケーションツール「U」シリーズです。「U」のお客様を通じてBtoB市場で何が求められているのかが見えてきたのですが、印象的だったのが本社と支社を結ぶようなウエブ会議では、参加者の顔が映し出されてもそれが誰なのかわからないケースが少なくないこと。そこで浮かび上がってきたキーワードが「顔」でした。
同じ頃に台湾の本社からも顔認識の需要が拡大しているという報告があり、さらにAIという新しい技術が出てきたことで、顔認識のマーケットに進出したという経緯です。
―顔認識の分野で先行する会社も多くある中、進出を決断し、なおかつ勝てると考えたポイントはどこだったのでしょう。
顔認識の業界は10年以上前からあります。が、AIという新しい技術が出たことで精度や作り方においてまったく違うものが登場した。もう1回リフレッシュされた状態になり、我々にもチャンスがあることがわかりました。また、今までの顔認識は大きなサーバーを立て大規模システムを組んで行うものでしたが、我々はビデオの世界でGPUやCPUの最適化をずっとやってきましたから、スマホやIoTのデバイスでも動かせるようなエンジンを作れるという優位性があります。
現状、当社の顔認識エンジンは主に集客分析などスマートリテールやスマートオフィスの分野で引き合いを多くいただいておりますが、この分野で先行していたメーカーでも実用度という面で対応できていなかった点はたくさんあり、我々の方がうまくキャッチアップしているのが見えてきています。
―AIによって仕切り直しがされ、技術力で御社にアドバンテージがあるということですね。顔認識の技術は、一般的にどこまで進んでいるのでしょう。以前、眼鏡なしで顔認識に登録し、眼鏡をかけると認識されずにはじかれてしまったことがありました。その辺りの精度はメーカーによっても違ってくると思いますが。
今の技術では眼鏡をかけたり、お化粧したり、髪型が変わっても認識できます。マスクの場合は認識の精度は落ちますが、マスクをかけて顔登録すれば次からは認識することができますね。当社のエンジンの特徴は、写真編集ソフトで培ったものを基礎技術に、ビデオのトラッキング技術をかけあわせ、そこにAIや他の顔認識に必要な技術を組み合わせて開発したことです。認証の際にも顔は動いていますから、トラッキングなどの技術が生かせる部分が大きい。AI顔認識では、写真1枚の登録でも顔を3D化したイメージでデータを作り、特徴点をデータとしてキープすることで、横向きなど角度が変わっても推測して認識することができます。
その場合、どのくらいの角度まで認識できるかがポイントになりますが、他社さんの製品は30°くらいが平均で、マックスでは45°くらいのところ、当社はマックス60°まで可能です。そこが精度として大きな違いとして出てきます。
―顔認識の精度が高いのは大きなアドバンテージですね。クライアントの評価はいかかでしょう。
お客様からいちばん言われるのは、やはり横を向いたり上向いたり、顔に角度がついているときの認識に非常に強いということ。また、ヘルメットやマスク、ネックウォーマーで顔が隠れているときに認識精度が落ちたりできなくなったりする製品もある中、当社のエンジンはしっかり認識できるとの評価をいただいています。
クライアントが顔認識の導入を考える際、技術的な評価を行い、10社程度から2~3社、そこから最終的に1社に絞るというように段階を踏みますが、最初のステージで落ちることはまずありません。
空港などの大型施設で使われているエンジンと比較しても当社のエンジンの精度はほとんど変わりません。また、認識のスピードも実用面でのポイントですが、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)の顔認識技術ベンチマークテストでは、去年のスピードランキングの世界第3位でした。精度と速さ、そして、高い性能でありながらリーズナブルに導入できるのも強みです。
―この先の1年後、3年後、FaceMeはどのようなグランドデザインを描いているでしょうか。
サイバーリンク社はビデオ編集ソフトの会社と認知されており、顔認識のエンジンとまだまだ結びついていないのが現状です。そこが課題であり、改善点なので今後はPRに注力していきたい。具体的には向こう1年の間にしっかりとした実績をつくっていくこと、その後3年くらいのスパンで顔認証といえば当社の名前が必ず出るレベルにもっていくことですね。
我々の特徴はいろいろなデバイスにのせられることなので、これまで顔認識の使用をあまり想像していなかった分野でも活用していただけます。精度の高いものを扱いやすく展開できるという最大の強みを生かしながら普及を目指していきます。
決済システムの本人認証など、高セキュリティの領域にも対応
―業界展望的になりますが、顔認識エンジンの市場について聞かせてください。たとえば、決済システムの本人認証です。iPhoneのアプリで決済する時に顔認証できるものがありますが、そういうものとも競合するのでしょうか。
アプリ決済の顔認証はそんなに精度が高くないんです。生身の人間の顔ではなく、写真で通ってしまったり、顔がほとんど変わらない双子の人を通してしまったり。とくにお金にからむ部分ではあってはならないことですから、本来はきちんとしたエンジンを使わないといけない。
人間の目は視覚情報でだまされたりするんですね。見た目ではそっくりの双子でも、100何十か所の特徴点をチェックする顔認証では必ず違いが出てきます。大人が前提ですが、10歳以上年をとって見た目が変わった場合も、精度の高いエンジンではきちんと認識できます。
―なるほど。精度の高いエンジンの需要は高く、さまざまな領域でより身近になっていくことで、パスワードの代替になるなど利便性も高まっていきそうですね。
ただ、リスクの高いセキュリティでは、手打ちのパスワードはなくならないでしょうね。設定レベルによりますが、100万人にひとりは間違うなど、どんなエンジンでも100%の認証というのはありえない。我々としては、モバイルバンキングなど高セキュリティ認証では顔認識だけをすすめていないんです。
そもそも認証にはパスワードなどの知識認証、顔や指紋、静脈などの生体認証、ショートメールのワンタイムパスワードを入れるなどの所持物認証の3種類があります。それぞれハッキングの仕方が異なりますので、複数のものを組み合わせることでセキュリティレベルを上げていきます。
―同じ生体認証では、指紋や静脈などの認証システムと比べ、顔認証が優位な点はありますか。
見解はさまざまですが、今は顔認証が秀でているという意見が優勢です。指紋の場合は職業的に指紋が消えてしまったり、ウイルスなどの流行期は不特定多数の人が触るのを敬遠されたりするのがデメリットです。静脈は機材がいろいろ必要になりますし、目の虹彩の認証は距離を近くしないといけないので一度に何人も認証することができません。
組み合わせでは、パスワードを入れている間に顔認証を行うなどの方法が広まっていくと推測しています。また、マイナンバーカードや運転免許証のICチップの中に入っている顔写真データを活用し、顔認証と一致させる方法も考えられます。
―なるほど。利便性や堅牢性を求められるケースでますます顔認識エンジンの引き合いが高まりそうです。
強調したいのは顔認識で精度の悪いものを使うとあとあとトラブルになってしまうことです。エンドユーザーの満足度が低いとサービス提供の企業にクレームがきます。しっかりした精度を提供でき、なおかつ導入しやすいのが当社の製品です。
現在日本で顔認識がもっとも普及しているのが入退室管理ですが、〇〇ペイの種類が増えていることもあり、直近でとくに注目されているのがeKYC関係です。この分野ではなりすまし防止が必須ですが、専用のカメラが必要な従来のなりすまし防止関連製品に対し、当社のエンジンにはソフトウエアになりすまし防止機能があるので、独自の技術が生かせる分野としてフォーカスしています。
大企業ではNECとバナソニックが顔認識を手がけていますが、大きな会社になればなるほど特定のプラットホームだけをカバーするなど技術的な部分も含めて小回りがきかないものです。当社は多様なプラットホームをサポートしており、なおかつ使いやすい形と精度を両立しています。そこをどんどんアピールしていきたいですね。
サイバーリンク社のステークホルダーとの向き合い方
−GURULIは、顧客や社員、取引先、地域社会など企業を取り巻くステークホルダーを大切にする企業を日本に増やしていきたいという願いを込めて立ち上げたサイトです。御社のステークホルダーとの向き合い方についてお聞きしていく前に、何をいちばん大切にしている企業文化なのかを聞かせてください。
当社がもっとも大切にしているのが技術力です。目新しさを志向するのではなく、もともとの映像関連の技術を基盤に新しいものにチャレンジしていく。しっかりとした土台を中心に置いた企業文化です。日本企業と我々外資との違いでよく言われるのがスピード感ですが、それに加えてトップとの距離が近いことが我々の特長です。毎週「U」を使って、台湾本社、日本、アメリカ、ヨーロッパなどのオフィスの責任者がミーティングを行いますが、エンジニアである本社のトップも参加し、「こういう技術がほしい」などの要望が出れば、その場で決められる。決断に至る過程がとにかく早いんです。
―社員というもっとも身近なステークホルダーについて、会社は何を求めて、何をしてあげられるでしょうか。
会社が社員に求めることはやるべきことをしっかりやること。同時に、結果だけではなく過程を重視する企業風土です。「オープンドアポリシー」の雰囲気を大切にし、社員は思いついたことはどんどん言えるし、希望を出して異動できるチャンスもあります。私も入社時はパッケージソフトの担当でしたが、気づくといろいろなことやっていますし、一社員としても面白い会社ですね。社員の家族に対する配慮も行き届いていて、台湾では大きなホテルで行う忘年会に家族も招待し、国が実施している「社員が幸せな会社アワード」を受賞していることからも、家族を含めて社員を大切にする会社と言えます。
―御社にとっての取引先についても伺わせてください。どういう存在であり、どういった関係を築いているのか。
当社にとって取引先は、いちばん大事な情報をもたらしてくれる存在です。製品を開発するにもビジネスを行う上でも、何かしらの決断をするにも、いちばん大事な情報をもっている方たちがパートナー企業。我々自体は直接エンドユーザーさんとからむことが少なく、パッケージソフトだったら流通の企業や家電量販店からの情報は非常に重要です。
FaceMeの場合、取引先の製品に組み込んでサービスのひとつとして展開してもらうケース、顔認識を入退室管理に使いたい、セキュリティ用途に使いたいなどパートナーのお客様の要望に合わせてエンジンを提供するケースなど連携の仕方はさまざまですが、当社はこのマーケットにおいては新規参入なので、パートナー企業からの情報はとりわけ重要です。マーケットがどう動き、どんな需要があるか、どこの企業が反応しているかなどの情報をもらい、それによって展開を変えていく。
グローバルで展開していますから、いろいろな国の取引先から情報が集まり、集約させることで開発に反映させられるのも我々の強み。他社に比べて開発のスピードが速く、実情に即した製品を用意できるという点でも取引先との関係は大きなものです。
―グローバル企業でいらっしゃるので一律で言うのはむずかしいと思いますが、地域社会への取り組みについても教えてください。また、金融機関や株主というスタークホルダーについては台湾本社のテリトリーになりますか。
東日本大震災の際、ご存じのように台湾は国をあげて日本と被災地を支援していたこともあり、サイバーリンク社も企業として支援しました。今回のコロナウイルスに関しては、国境を越えて人が動くグローバル企業として難しい面はありますが、状況を注視しながら対応していくことになります。
金融機関に関しては、日本オフィスの我々が直接おつきあいすることはないですが、Face Meのパートナーさんが金融機関とユーザーとしてお話し済みで、eKYCの実証実験のプランが進んでいます。
当社は台湾で上場していますが、日本の上場企業との違いはとくにありません。一般投資家以外の大株主は会長で、社員の持株会はありません。台湾政府とのつきあいは会社の設立当時から深いものはありますが、台北市政府労働局が主催する「幸福な企業賞」を受賞させていただいたり、経済部国際貿易局が主催する「Taiwan Excellence Award」で金賞を4度、銀賞を3度受賞させていただくなど、政財界や地域において存在感のある企業として認知されています。
―FaceMeを軸に御社のビジネスが拡大していく中で、今後、ステークホルダーとの関わり方にも変化が出てくるのではないでしょうか。
現状、顔認識は導入に費用がかかることから、顧客は一定以上の規模感の企業です。ですが、スマートリテールに関して言うと、滞在時間や顧客属性などお客さんを分析し、集客などの対策を本当に必要とするのは、町の小売店や商店街ですから、将来的にはそういったところで使ってもらえるよう、ソリューションをつくっていきたいですし、連携していきたいと考えています。企画段階ですが、各地の商工会議所などと組んでシャッター商店街を再生させるプロジェクトという腹案もあります。人の流れをつかみ、どういう人が来ているのか、どういう行動をしているか。顔認識だけでは無理ですから他の技術をもつ企業のソリューションと組み合わせることで、再生させることができるではないか。そういうこともやっていきたいですね。
―商店街の再生プロジェクトでは、地域社会というステークホルダーとの関わり方も深まっていきそうで、大変興味深いです。本日はありがとうございました。
サイバーリンク株式会社
設立:2005年3月
資本金:9,500万円
代表:ヒルダ・ぺン
本社所在地:〒108-0023 東京都港区芝浦3丁目5-39田町イーストウイング4F
事業内容:デジタルメディアの作成、再生、共有などのアプリケーションの開発、マルチメディア関連ソフトウエア、Web 会議・オンラインセミナー・ビジネスチャット「U ビジネスコミュニケーション サービス」、顔認証エンジン「FaceMe」の販売