
半径50kmの森を救う「家具のトレーサビリティ」とは
ビジネスの持続可能性が問われる今、長野市の老舗が実践するのは「顔の見える」木材調達だ。効率を優先して輸入材に頼るのではなく、地域の「支障木」に光を当て、一生ものの家具へと昇華させる独自の哲学に迫る。
捨てられるはずの「命」を、一生の伴侶に変える。
長野市の善光寺門前に店を構える松葉屋家具店が、2月20日から興味深い展示会を開催する。「日本の山で育った広葉樹一枚板展」と銘打たれたその催しは、単なる家具の即売会ではない。並ぶのは、送電線工事の邪魔として伐採された木や、ナラ枯れの被害に遭った地元の木々だ。
本来ならば、薪やチップとして燃やされる運命にあった「支障木」。それをあえて引き取り、数年の歳月をかけて乾燥させ、一枚板のテーブルへと再生させる。創業193年を数える同店が提示するのは、木材の出自を一本単位で明らかにする「家具のトレーサビリティ」という新たな価値観である。
「半径50km圏内」という狂気的なまでのこだわり
他社と決定的に違うのは、その圧倒的な「現場主義」にある。店主の滝澤善五郎氏は、自ら雪深い北信州の山々へ足を運ぶ。信濃町や白馬、戸隠といった、店から車でわずか30分から1時間の距離にある森が彼らのフィールドだ。
「切り身の魚が海を泳いでいると思っている子供の話がありますが、家具も同じです。どこの山の木かを知らずに使うのは、あまりに寂しい」と滝澤氏は語る。
彼らは「半径50km圏内」で伐採される現場に立ち会い、重機が唸り、巨木が地響きを立てて倒れる瞬間をその目に焼き付ける。誰が伐り、なぜこの木は倒されねばならなかったのか。その背景にある物語ごと買い取り、顧客へと手渡すのだ。
欠点を「景色」と呼ぶ、老舗の美学
この取り組みを支えるのは、自然への深い畏敬の念だ。一般的に、均一でない木目や節、変色は「欠陥」として市場価値を下げられる。しかし、松葉屋はそれを「景色」と呼び、その木が過酷な風雪に耐えてきた「生きた証」として肯定する。
仕上げに使うオイル一つとっても、地元・鬼無里産のエゴマ油にこだわる徹底ぶりだ。そこには、地域の資源を地域で循環させ、森を守るエコシステムを構築しようとする、地方企業の意地と哲学が透けて見える。
「製材は木との答え合わせであり、賭けでもある」という。刃を入れるまで中が空洞か、あるいは美しい紋様が隠れているかは分からない。その不確実性さえも楽しみ、一本の丸太から切り出された「共木(ともぎ)」の兄弟たちをバラバラにせず、セットで提案する。これは、自ら川上から川下までをコントロールしているからこそ可能な、贅沢な商いの形といえる。
現代ビジネスが「地元の森」から学ぶべきこと
松葉屋家具店の試みは、単なる地方創生や環境保護の文脈を超えている。グローバルサプライチェーンが複雑化し、ブラックボックス化する現代において、「自分たちが何を扱っているのか」を完璧に把握し、説明責任を果たす姿勢は、あらゆる業種に共通する信頼の根幹だ。
「便利で安い」の対極にある、手間暇のかかる「不便で尊い」ものづくり。地域の厄介者だったはずの倒木が、100年先まで愛される家族の象徴に変わる。その魔法のような転換は、私たちが忘れかけていた「責任ある消費」のあり方を、静かに、しかし力強く問いかけている。



