
伝統や文化が「持続可能性」という物差しで再定義される今、祈りの象徴である御神酒も例外ではない。年間50万リットルに及ぶとされる余剰を、独自技術で高付加価値な酒へと転換する、日本初の試みが始動した。
年間50万リットルの余剰を救う、ナオライと和布刈神社の産社連携
日本酒の酒蔵再生を志すナオライは、2026年1月より福岡県北九州市の和布刈神社と協業し、奉納後の御神酒を廃棄せずに再資源化するプロジェクトを始動させた。全国の神社で祭礼後に生じる御神酒の余剰は、年間約50万リットルに達すると推計されている。これまで文化的な制約もあり活用が難しかったこの「聖域の余剰」を、同社は独自の特許技術によってアップサイクルし、高付加価値な酒へと転換する。収益の一部は神社復興財団へ還元され、文化継承の資金源となる。これは、環境負荷の低減と伝統文化の保護を同時に達成する、極めて合理的な循環モデルである。
特許技術「低温浄溜」が創出する、日本酒を超えた蒸留酒の市場優位性
本取り組みの核心は、同社が保有する特許技術「低温浄溜」にある。極限まで熱を加えないこの蒸留手法は、日本酒が持つ繊細な香りを損なうことなく、アルコール分だけを濃縮することを可能にした。こうして誕生した「浄酎」は、税法上はスピリッツに分類されるが、その本質は日本酒のエッセンスを抽出した新たなカテゴリーの酒である。従来の日本酒が抱えていた酸化による劣化という弱点を克服し、長期の熟成による価値向上が見込める点は、投資対象としての可能性も示唆している。温度管理が容易で輸出耐性が高いことから、20兆円規模とされる世界のウイスキー市場への参入障壁を劇的に下げ、日本酒由来の価値をグローバルに再定義している。
祈りを次代へつなぐ哲学、神職と起業家が共鳴した「伝統の浄化」
今回の協業の背景には、神社の再建に奔走する和布刈神社の第32代神主、高瀨和信氏の切実な危機感があった。氏は「神社は文化を次世代へ手渡すための仕組みであるが、奉納された御神酒が廃棄される現実は、文化・環境の両面で見過ごせない課題である」と語る。この思想にナオライの三宅紘一郎代表が共鳴し、伝統を単に保存するのではなく、現代の技術で「浄化」して生かす道筋が示された。両者に共通するのは、古いものを捨て去るのではなく、その精神性を守りながら形を変え、現代経済の中で自立させるという「再生」の哲学である。
未活用資産への「文脈の付与」と再構築
ナオライの挑戦から学ぶべきは、既存の産業構造において「ロス」や「コスト」と見なされていた領域に、新たな文脈とテクノロジーを掛け合わせる思考法である。宗教的・精神的な「聖域」に眠っていた未活用資源を、グローバル市場で通用する嗜好品へと昇華させた手腕は、多くの伝統産業が直面する停滞を打破するヒントに満ちている。2026年2月に恵比寿ガーデンプレイスで開催される「大日本市」での初披露は、この循環モデルが社会に実装される重要な一歩となる。日本の精神性の象徴である神社と、衰退の危機にある酒蔵が、一滴の酒を通じて手を取り合うこの試みは、地方創生における一つの完成形を提示しているといえよう。



