
製造工程で不可避に発生する金属端材を、単なる再溶解の対象ではなく、完成された「素材」と再定義する。自動車部品製造の日伸精工が打ち出したゴルフマーカーへのアップサイクル事業は、資源循環の新たな解を示している。
行政も注目する「端材」の価値転換と市場性
自動車の電動パワーステアリング部品を製造する株式会社日伸精工が、製造工程で生じる鉄製端材をゴルフ用ボールマーカーへと転換する事業を開始した。この取り組みは、埼玉県産業振興公社が運営する「サーキュラーエコノミー推進センター埼玉」の2025年度補助事業化支援に採択され、行政からも「循環型経済のモデルケース」として高い評価を受けている。
同社では年間約24トンに及ぶ端材が発生している。従来、これらは電炉で溶解され再生鉄としてリサイクルされてきたが、その過程で多量のCO2排出が避けられなかった。同社が考案したのは、端材の形状をそのまま活かし、高度な表面処理とレーザー刻印を施すことで、環境配慮型ノベルティへと昇華させるアップサイクルだ。12月に開催された『エコプロ2025』では、来場者の約4割が「使ってみたい」と回答するなど、市場の反応も極めて良好である。
「溶解しない」ことが最大の差別化。エネルギー消費を最小化する独自のアップサイクル
本取り組みが既存のリサイクル手法と一線を画すのは、エネルギーを投じて素材を壊さないという点にある。一般的な金属リサイクルは、一度素材を溶かして原材料に戻す「ダウンサイクル」の側面が強いが、日伸精工のモデルは「端材の形状」をそのまま付加価値に変えている。
鉄特有の「錆」という課題に対しては、メッキや塗装、コーティングといった加飾技術を組み合わせ、企業ロゴの刻印にも対応。贈答品品質へと引き上げた。成長を続けるゴルフ用品市場をターゲットとし、CSR活動やコンペ需要というストーリー性を重視する層に照準を合わせている。「これまで当たり前のように捨ててきたものが、発想一つで全く別の価値を持つ。これは製造現場における一つの希望となり得る」と同社が語るように、工程の最小化こそが最大の環境貢献となっている。
「廃棄物」の概念を書き換える。現場の気づきから生まれた資源循環の哲学
この事業の背景には、長年「スクラップ」として処理してきたものに対する、製造業としての矜持と視点の転換がある。単に廃棄物を減らすという消極的な守りの姿勢ではなく、「自社が生み出した造形物に、最後まで責任と価値を持たせる」という哲学だ。
リニアエコノミー(直線型経済)における「廃棄」を、設計段階から「資源の転換」へと位置づけ直す。この試みは、極めて本質的なサーキュラーエコノミーへの挑戦と言える。同社ブースを訪れた多くの来場者からも、この「捨てない前提」の戦略に賛同の声が寄せられており、企業ゴルフコンペや記念品としての活用が具体化しつつある。
ビジネスパーソンへの示唆:既存資産の「再定義」が新規事業を創出する
日伸精工の事例は、資源高や環境規制に直面するすべてのビジネスパーソンにとって、極めて示唆に富んでいる。第一に学ぶべきは、「未利用資産の再定義」の重要性だ。自社にとっての「ゴミ」であっても、市場を横断すれば「完成されたパーツ」になり得る。ゼロから新製品を開発するのではなく、「今あるものの形」を活かす視点は、投資を抑えつつ環境負荷を下げる最短ルートである。
第二に、製品への「物語(ストーリー)の付加」である。単なる消耗品ではなく、「自動車部品の端材から生まれた」という背景そのものが、現代の消費者が求める環境価値となる。今後はゴルフ用品に留まらず、生活雑貨やイベント市場への展開も見据える同社。工場の片隅に積まれた端材を、新たな資源として見つめ直す静かな視点の転換こそが、持続可能な社会におけるイノベーションの起点となるだろう。



