2020年12月17日、大雪とそれにともなう事故により、新潟県内の関越道で大規模な渋滞が発生。通勤途中に渋滞に巻き込まれた女性が車中から発信したあるツイートが、SNS上で大きな話題となった。
「トラックの運転手さんにおせんべいをいただきました」
同じく渋滞に巻き込まれ、立往生していたトラックの運転手が、積み荷を解いて米菓を配ってくれたという。ツイートは2万6千以上の「いいね」がつき、約1万回リツイートされた。
この積み荷の持ち主が、新潟県長岡市にある岩塚製菓株式会社だ。同社は業界第3位の大手米菓メーカーでありながら、1947年創業以来地域に根づき、ステークホルダーへの貢献を続けている。
これまでは部署単位、社員単位で自主的に地域や社会のために動いていた同社だったが、2024年1月に「サステナブル推進準備室」を設置し、本格的なESG経営に乗り出した。
製造現場から担当者に抜擢された畳谷和之さんと広報責任者の中静幸徳さんに、これまでの岩塚製菓の歩みと、10年後、20年後の未来像についてうかがった。
地域と共に発展した「岩塚製菓」の歩み
「あのときは、物流部門が自主的に判断して、積み荷を配ったそうなんですよ。会社には、事後報告だったそうです」
大雪の中、関越道で20時間以上動けずにいる運転手たちの疲労と不安は限界、中には車内に食べ物がなく、ずっと食事をとっていない人もいるだろう。
そう判断したドライバーさんが、率先して積み荷の米菓を配ったのだと、中静さんは当時を振り返る。
「会長(当時の社長)はそれを後から聞いて、嬉しかったと言っていました。会社で特別な啓蒙をしたわけでもないのに、自主的に行動を起こせる社員が育っていると」
岩塚製菓は1947年に新潟県長岡市で創業を開始した。当時は岩塚村といい、小規模農家が多く、農作業のない冬には、男たちが出稼ぎに行くような貧しい村だった。
そして、この村をなんとか豊かにできないかと二人の男性が立ち上げたのが、「岩塚製菓」だ。
「弊社は創業当初から地域への思いが強く、地元農家の発展と共に成長してきた会社です。原材料へのこだわりも強く、大手米菓メーカーの中で唯一、全ての商品を国産米から製造することにこだわってきました。サステナビリティ推進準備室を立ち上げるずっと以前から、地域との関わりを大事にしてきた会社なのです」
ファンサイト登録者は約1.5万人!会員の声から生まれた企画も大好評
2018年からは、自社商品のファンサイトである「大人のぽりぽりクラブ」や、子育て中の両親を応援する「おこせんファンサイト」などを立ち上げ、積極的に顧客とのコミュニケーションを図ってきた。
「ファンサイトの立ち上げは、そもそも一人でも多く、岩塚製菓を好きになってくれる人が増えてくれればという思いで始めました。普段おせんべいを製造しているだけでは、なかなかお客様の声を直接聞くことはできませんから」
ファンサイトには2024年6月現在約4万人もの会員が登録しており、商品ごとのファンミーティングや自社商品を題材にしたフォトコンテストなど、活発な交流が行われている。
「実際にいただいた声を、商品や自社の活動に反映したこともあります。コミュニティで上がった話題をきっかけに、会員が育休復帰する際に、岩塚製菓のおせんべいを提供する活動を始めたんです」
きっかけは、子育て中の両親を応援する「おこせんファンサイト」のコミュニティで上がった、ある意見だった。育休明けの社員が職場復帰する際、お菓子を持参する慣習のある企業は多い。
「子どものことでこれから迷惑をおかけします」という気持ちが込められているらしいが、実はこの慣習が、子育て世代にとって意外と負担が重いのだ。
そこで、育休明けに職場復帰するメルマガ会員に対し、手土産のお菓子を岩塚製菓が提供する活動を開始した。
2020年2月から始まり、今年で5年目を迎えるこの活動では、合計353人の育休復帰会員を支援している。
『サステナビリティ推進準備室』始動
これまで当たり前に実施していたESG経営を形にしていこうと、岩塚製菓では2024年1月、新たに「サステナビリティ推進準備室」を立ち上げた。
担当者に抜擢されたのは、これまで製造現場に携わっていた畳谷和之さんだ。
「それまで私は工場で製品製造を担当する傍ら、地元のJAや土づくりメーカーと協力して『資源循環』をキーワードに、地域農業を活性化させる活動に従事していました。その活動が認められたのかもしれませんが、急な抜擢で驚きましたね」
地域との結びつきや資源の循環に興味を抱き、自主的に活動を続けてきた畳谷さんだが、「サステナビリティ推進準備室」に配属された当初は「ESG」という言葉にもなじみがなかったという。
「活動を始めて3、4ヵ月経ちましたが、今でも情報を整理するだけで一苦労ですよ。これまでは『米』を見て、考えて、製品を作っていた私が、今度は『人』を見て、考え、その周辺にある情報を集めなければなりません。周りと同じような活動をしてもおもしろくないので、なにかひとつ、岩塚らしい活動をしなければと考えてはいるのですが……」
製造業務から抜擢されて数ヶ月。一人任された部署で、畳谷さんもまだ手探り状態だ。しかし、暗中模索の中に道筋も見えてきた。
「2022年ころに、社内で『10年先を考えるプロジェクト』が立ち上がり、若手のメンバー12人が招集されました。その活動とうまく連携して、会社の10年、20年先の目標を決めようと考えたんです。20年後、年齢的に私が社内にいる可能性は低いでしょう。ならば今後会社を担っていく若いメンバーが目指す『20年後の姿』を追求していくべきだと考え、プロジェクトを再始動させることにしたのです」
『10年先を考えるプロジェクト』では、30代中心の若手メンバーが様々な部署から横断的に選出された。
会合を実施して最優先課題を洗い出し、課題解決に向けた部門ごとの行動指針を策定、最終的には次年度の中長期計画に盛り込むことが目標だ。
「いまはまだ、マテリアリティ(重要課題)の抽出にも苦労しています。しかし、逆にそこが固まれば、なりたい姿への導線は可視化されてくるでしょう。そうなればようやく、『サステナビリティ推進準備室』の『準備』が外れるのではないでしょうか」
社内にサステナビリティ推進の部署が設けられると、ESG情報の開示やCSR報告書の発行、ステークホルダーへの報告など、外部へ向けて発信する業務に忙殺されてしまうこともよくある。
しかし畳谷さんは、内部の変化に目を向けることこそ、本質的なサステナビリティにつながると考えている。
「従来のやり方だと、外部への報告書の作成や発信活動ばかりに気をとられ、実態が形骸化しかねません。サステナビリティ推進準備室で私が担うべき役割は、会社の内部をどう変えていくか、その方針を示すことだと思うのです。外部への発信は、広報担当の中静や、経営企画室が担ってくれますから」
「岩塚だから買いたい」という付加価値を目指す
雪深い農村で、男性が出稼ぎに行かなくても冬を越せるようにと、米を加工し米菓の販売を始めた岩塚製菓。
国内第3位の米菓メーカーに成長した現在でも「お米となかよし」をコーポレートメッセージに、地域社会や地元農業とのつながりを重視している。
「弊社は創業当時より、ステークホルダーを重視した取り組みを当たり前のように実施してきました。社内が同じ方向を目指しているからこそ、お客さまや地域の皆さんを大切にする『社風』が生まれたのでしょう。関越自動車道で立往生している人たちに対し、弊社のドライバーが会社におうかがいを立てずに積み荷を配ったのも、『社風』からきた自然な行動だったのだと思います」
企業が地域社会の中でどうふるまうべきか。その価値観が社内で共有されていたからこそ、いざというときに当たり前のように行動できたのだと、中静さんと畳谷さんは口をそろえる。
「私たちは、おせんべい屋なんです。おせんべいっていろんなメーカーさんが数えきれない種類の商品を出していますが、結局は嗜好品なので、選ぶのはお客様の好みなんです。味が好きだとか、親しみやすいとか、食べると幸せな思い出がよみがえるとか、人によっていろんな要素があるでしょう。私たちは、『岩塚の商品だからこそ買いたい』と思っていただけるような、付加価値を生み出していきたい。『サステナビリティ推進室』は、まだ『準備室』の段階ですが、優先順位を見失わず、岩塚らしい目標を打ち立てて行きたいと思っています」
◎法人情報
名 称 岩塚製菓株式会社
本 店 新潟県長塚市飯塚2958番地
創 業 1947年7月29日
設 立 1954年4月27日
資本金 1,634,750,000円
代表者名 槇 春夫
事業内容 米菓の製造並びに販売
社員数 905名
URL https://www.iwatsukaseika.co.jp/
◎インタビュイー プロフィール
畳谷和之
2000年入社。
開発部門、製造部門を経て2023年1月よりサステナブル推進準備室長
中静幸徳
1994年入社
営業部門、販促企画部門を経て2022年2月よりソーシャルコミュニケーション室長