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サッポロ「4770億円」不動産売却の深層 “虎の子”を手放した経営陣と、KKRのカラクリ

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サッポロビール、KKR

ついに「不動産屋がビールを作っている」と揶揄された時代が終わる。だが、その代償はあまりに大きいのではないか。金融市場の最前線で戦うプロの視点から、今回の巨額ディールの裏側に潜む「冷徹な資本の論理」とサッポロに残された「修羅の道」を読み解く。

 

「長年の因縁」に決着、だが手放しでは喜べない

12月24日、クリスマスイブの東京市場に衝撃が走った。サッポロホールディングスが、グループの稼ぎ頭である不動産子会社、サッポロ不動産開発を米投資ファンドのKKRとPAGに売却すると発表したのだ。その額、実に4770億円。

これは単なる資産売却ではない。サッポロにとって、そして彼らをターゲットにしてきた「物言う株主(アクティビスト)」たちにとっての、長きにわたる因縁の決着である。

かつてサッポロは、保有する不動産の含み益が時価総額を上回るという、典型的な「コングロマリット・ディスカウント(複合企業の価値低評価)」の状態にあった。マーケットから見れば、「ビールの本業が不動産の価値を食いつぶしている」と映る。ここを突き、英3Dインベストメント・パートナーズなどのアクティビストが執拗に迫ったのが「不動産事業の切り離し」だった。

今回、サッポロ経営陣はついにその軍門に下り、同時に虎の子を切り離す決断をした。表向きは「本業回帰」「資本効率の改善」だが、その実態は、外資ファンド勢による完全勝利と言っていい。

 

KKR・PAG連合が仕掛けた「IRRの魔法」

今回のディールで、私が最も注目したのはその「スキーム(枠組み)」だ。一見すると、4770億円という巨額マネーが動く華々しい取引に見える。当初の市場予想が4000億円程度であったことを考えれば、サッポロ経営陣は入札で競わせ、770億円もの上乗せを勝ち取ったように見える。

しかし、ここに「金融のプロ」ならではの巧妙な仕掛けがある。

発表によれば、KKR・PAG連合は来年6月にまず51%を出資。残りは2028年に29%、2029年に20%と、実に4年以上かけて段階的に出資比率を引き上げ、完全子会社化するというのだ。

なぜ、資金潤沢なメガファンドが一括で買わないのか? ここにファンドの利益の源泉である「IRR(内部収益率)」のマジックがある。

 

ファンドにとって重要なのは、投資した金額に対して「どれだけの期間で、どれだけ増やしたか」という時間軸の利回りだ。将来の売却益(Exit価格)が同じだと仮定した場合、投資元本(エクイティ)の拠出を少しでも後ろ倒しにできれば、分母が小さくなる期間が長くなり、計算上のIRRは劇的に改善する。

KKRは、小田急電鉄から買収した「ハイアットリージェンシー 東京」でも短期間で驚異的なリターンを叩き出した実績がある。今回のサッポロ案件でも、この「段階的出資」という奇策を用いることで、表面上の高値掴みを回避しつつ、実質的な投資利回りを確保する算段だろう。

サッポロが飲み込んだ「KKRリスク」

 

一方で、売る側のサッポロ株主の視点に立つと、背筋が寒くなる事実が浮かび上がる。 それは「KKRリスク」が数年先まで残るということだ。

当初の一括売却であれば、サッポロは即座に現金を手にし、アクティビストとの関係もすっきり清算できたはずだ。しかし、今回のスキームでは、数年後にKKR・PAGが残りの株式を買い取るという「約束(契約)」履行のリスクをサッポロ側が負い続けることになる。

もちろん、天下のKKRが契約を反故にするとは考えにくい。だが、金融市場に「絶対」はない。2029年までの間にリーマンショック級の金融危機が起きない保証はどこにもないのだ。

サッポロ経営陣は、予想を上回る「プラス770億円」の対価として、この「将来の不確実性」を飲み込んだことになる。これを「株主価値最大化のための英断」と評価するか、「目先の高値に釣られた危うい賭け」と見るか。評価が定まるのは数年後だ。

 

「利益の源泉」を失ったビールの巨人はどこへ行く

さらに冷徹な見方をすれば、サッポロはこれで「丸裸」になったとも言える。

これまでサッポロの経営を支えてきたのは、恵比寿ガーデンプレイス(※今回30%は保持するとはいえ)や銀座の物件から生まれる安定的な賃貸収入だった。ビール事業が苦戦しても、不動産が屋台骨を支えてきたのだ。

その「命綱」を自ら断ち切った今、残るのは競争の激しい酒類事業のみ。「来年7月から社名をサッポロビールに変更する」と高らかに宣言したが、もし本業で再浮上できなければ、もはや彼らを守る防波堤はない。

 

数年先、今回の買収を振り返った際に、シニカルな見方をすれば、あのとき「最も美味しい果実(不動産)」だけをもぎ取られ、残った搾りかす(ビール)が市場に放り出された構図だったなどと冷笑されないよう、サッポロの本気に期待したい。

ただ、今のサッポロに、単独で世界と戦える体力があるのだろうか?…… 数年後、体力が尽きたサッポロビールに手を差し伸べる(あるいは飲み込む)のは、アサヒか、サントリーか。あるいは、再び外資ファンドが「ビール事業の再生」を名目に安値で買い叩きに来る未来すら見える。

「資本の論理」とは残酷なものだ。日本企業特有の「お人好し」な経営陣が、株価という数字に揺さぶられ、ワタワタしている間に、家の土台ごと売り払ってしまった。

ビールは個人的に一番美味しいと思うのだから、今回のディールが、後世に「サッポロ消滅の序章」として語られないことを祈るばかりだ。

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寒天 かんたろう

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ライター歴26年。月刊誌記者を経て独立。企業経営者取材や大学、高校、通信教育分野などの取材経験が豊富。

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