
海岸の安全を守る「テトラポッド」。日本の消波ブロックの代名詞として知られるこの名称は、東京都中央区に本社を置く建設会社不動テトラの登録商標である。同社は2006年、不動建設と海洋土木大手テトラが合併して誕生した企業で、地盤改良工事や海洋土木を主力とするゼネコンだ。テトラ創業時からの流れを汲み、日本製鉄(旧・新日鐵住金)が株主となっている。
その老舗企業で、2024年から2025年にかけて、長期にわたり行われてきた架空発注の実態が明らかになった。
不正発覚から特別委員会設置まで 報告書で確認される正式な時系列
不正の端緒は2024年末、地盤改良工事を担当していた工事所長からの証言だった。内部調査が進むにつれ、複数の従業員が水増し発注や協力業者との不適切な資金還流に関与していたことがわかり、同社は2025年3月に社内調査委員会の最終報告書を公表した。
しかし、株主や機関投資家から「原因究明が不十分」との指摘が寄せられた。この意見を受け、不動テトラは2025年1月27日に調査開始、3月31日に報告書提出というスケジュールで外部の弁護士・公認会計士らによる特別委員会を設置。調査はデジタル・フォレンジックの活用を含む本格的なものとなり、一次報告書を踏まえた再発防止策の策定が進んだ。
非開示処理を経た「調査報告書(公表版)」は、2025年12月1日に一般公開された。同社の文書に明記された正式な時系列はこの通りである。
一人所長体制が生んだ「現場の闇」
報告書によれば、不正の温床となったのは、地盤改良工事に特有の「一人所長体制」である。
工期が短く少額案件が多い地盤改良工事では、発注、施工管理、原価管理といった業務を若手所長が単独で担うケースが多く、現場における牽制機能が働きにくい構造があった。
協力業者との長年の取引関係や「多少の便宜は業務の潤滑油」という空気感が、不正を日常的に成立させる“下地”となっていた。
複数の従業員は、実態のない部材や作業の発注、業者側による商品券での還流、発注額を業者に“プール”させ、他用途の支払いに流用といった行為を繰り返していた。
報告書はこれらの行為を「個人の逸脱」ではなく、組織的な統制の弱さが許容したものとして捉えている。
粗利益報告書の作成負荷 本社との認識ギャップ
特別委員会が強く問題視したのは、工事所長が作成する粗利益改善・悪化報告書の負荷である。
この書類は、原価変動の理由を把握するために不可欠だが、同社の原価システム仕様の関係で自動転記が不可能だった。所長はすべての数値をExcelに手入力し、承認ルートは多段階。手戻りは頻繁で、所長の業務負荷は極めて高かった。
しかし、本社管理部門の管理職はヒアリングで「所長の負担は大きくない」と認識していた。
現場は疲弊し、本社は問題を把握できていなかった。
この認識の乖離が、不正が長期にわたり発見されなかった理由の一つとされている。
判明した不正額は約4,000万円 経営陣も処分へ
調査によって確認された不正総額は、5年9カ月で約4,000万円。金額だけを見れば巨大な不正とは言いにくいが、企業倫理としては重大である。不動テトラは役員4名の報酬減額を発表し、代表取締役会長・竹原有二氏と社長・奥田眞也氏については報酬20%を2カ月減額する措置を取った。
経営陣としての責任を明確に示した形だが、信頼回復には時間を要することが想定される。
再発防止策は6分野 問われるのは「実効性」
同社は特別委員会の提言を踏まえ、再発防止策を6つの分野で提示した。内部統制の強化、原価管理業務の再設計、内部監査機能の刷新、内部通報制度の拡充、教育研修の再構築、協力業者を含むガバナンスの向上など、領域は多岐にわたる。
特に注目されるのは、協力業者にも内部通報制度の利用を促す仕組みである。現場と外部の双方から問題を指摘できる環境づくりは、中堅ゼネコンとしては踏み込んだ取り組みであり、虚礼的な再発防止策にとどまらない姿勢を示している。
信頼回復への長い道のり
今回の問題は、不正行為そのものよりも、なぜ不正を許容する構造が長期間放置されたのかという点に本質がある。現場の疲弊、本社の認識不足、組織文化、協力業者との依存関係、それらが複雑に絡みあって、不正を“見逃す”状態が形成されていた。
不動テトラは社会インフラを支える企業として、再発防止策の実効性をどこまで確保し、透明性を持って運用状況を社会に示せるかが問われる。
信頼回復のプロセスは始まったばかりであり、その行く先が注目される。



