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東京コスモス電機に走った激震 TOB迷走の裏で旧経営陣が仕掛けた“企業価値切り下げ工作”

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東京コスモス電機

東京コスモス電機(TOCOS)は、自動車や産業機器向けの可変抵抗器・センサーで知られる老舗電子部品メーカーだ。普段は派手なニュースと無縁の堅実企業だが、2025年に発表された特別調査委員会報告書によって、同社の静かなイメージは一変した。

表面上は米Bourns Japan Holdings LLCによるTOB(株式公開買付け)を巡る経営判断の問題に見えたが、その実態は“株主不在”とも言える買収プロセスが内部で進められていたという衝撃的な内容だった。

TOCOSは11月28日に調査報告書を受領し、12月4日に適時開示した。報告書を開くと、同社で何が起きていたのかが如実に浮かび上がる。

 

企業価値を下げ、買収成立を優先した旧経営陣の判断

調査報告書で最も重く指摘されたのは、旧経営陣が企業価値を引き下げる方向に動いていたという点である。買収価格の合理性を判断するため、TOCOSは第三者算定機関e社に企業価値算定を委託していた。価値算定機関e社は5年計画をベースにDCF法で価値を計算し、その結果、理論株価の下限は8,058円になった。

ところが、当時のBourns, IncのTOB提示額は7,100円にすぎず、このままでは経営陣が賛同の意思を示せない。ここで旧経営陣とファイナンシャル・アドバイザー(h社C氏)が取った行動は常軌を逸していた。算定機関に対し「5年計画ではなく3年計画で算定せよ」と何度も要求したのだ。3年計画で算定すれば理論株価の下限は6,955円に下がり、Bourns, Inc案がレンジ内に収まる。つまり、「企業価値を低く見せる」という方向に圧力をかけた形である。

内部メールには、FAや旧経営陣による生々しい文言が並ぶ。「3年間valuation要求に応じないのは契約不履行に値する」「支払いはしない」「どいつもこいつも余計なことしやがって」「落としどころにe社を導くことです」。

TOB成立を優先するために、自社を安売りしようとする姿勢が読み取れる。

算定機関e社は独立性を貫き前提変更に応じなかったが、調査委員会はこの介入を「公正性を揺るがす危険がある不適切な対応」と断じた。

 

もっと高い買収価格を“隠した”という重大事実

今回の騒動で最も株主の利益を損ねたとされるのが、国内企業c社による買収提案の扱いだ。Bourns, Incの最終提示額8,075円を上回る、8,300円の提案を示していたにもかかわらず、その情報は株主にほとんど伝えられなかった。

旧経営陣はc社からの協議打診を意図的に遅らせ、「時間稼ぎをする」「今は対応しない」と社内で共有していたことが調査で明らかになった。c社案が正式に提示されたのは総会のわずか4日前。株主が議決権を行使する段階では、Bourns, Inc案より有利な選択肢が存在したことすら知らされていなかった。

株主が“真の選択肢”を奪われた状態で総会を迎えたことは、調査委が「株主利益最大化義務に対する重大な懈怠」と指摘する通り、極めて深刻だ。8,300円というより高い買収価格があったにもかかわらず、経営陣がそれを積極的に知らせる姿勢を見せなかったことは、上場企業として許されない。

 

アクティビストに対する“攻撃文書案”まで存在

さらに報告書は、株主提案(アクティビストによる取締役選任案など)に反対するため、旧経営陣とFAがネガティブキャンペーンの草案を準備していた事実も明らかにした。そこにはアクティビストに対する事実と異なる記述や、個人攻撃と受け取られかねない内容が含まれていた。

株主対話よりも“敵対”の姿勢を強め、印象操作によって反対票を誘導しようとする体質は、ガバナンスの欠陥を如実に示すものだ。調査委はこうした反対意見文書の構成にも問題があったとし、金融商品取引法上の虚偽記載リスクにも触れている。

 

取締役会・監査等委員・社外取の機能不全

本件の根底にあるのは、TOCOSが抱えていた構造的なガバナンスの脆弱性だ。調査によれば、取締役会ではa社との統合の合理性が十分に議論されず、自力成長や代替案の検討もほとんど行われなかった。監査等委員会は経営陣の判断を監視・制御できず、社外取締役も機能しなかったとされる。

特別委員会がTOB価格に否定的な暫定答申を示したとき、B元専務が「意味不明」「AIが出すような答えだ」と発言した場面も記録されている。独立性を確保すべき機関への“圧力”とも取れる行為で、内部統制が崩壊寸前だったことを物語っている。

さらにFAであるh社の姿勢も重大だ。本来であれば企業価値向上に寄与すべき立場でありながら、買収成立のために企業価値の引き下げを主導した疑いが指摘されている。

 

今後の焦点は“法的責任”に移る可能性も

調査委は最終的に、旧経営陣(特に元社長、元専務)やFA(h社)が会社法423条に基づく任務懈怠責任を問われる可能性を示唆した。より高い買収価格が提示されていたにもかかわらず、それを株主に知らせる機会を奪っていた点は、損害賠償請求の対象になり得る。

加えて、虚偽表示に相当するリスクから金融商品取引法違反に発展する可能性もある。企業価値を軽視した判断が招いた影響は、レピュテーションリスクとしてTOCOSだけでなくFA、法律事務所を含む関係者にも及ぶおそれがある。

一方、新経営陣に求められるのは“攻めのガバナンス”の再構築である。形式的な委員会組成ではなく、公正性担保措置の厳格化や資本コスト経営の開示など、投資家との対話を前提とした透明な経営体制が不可欠だ。

 

TOCOS迷走劇の教訓 株主軽視の買収戦略は必ず破綻する

TOCOSのTOB迷走は、一企業の内部混乱という枠に収まらない。企業価値を自ら引き下げ、より高い提案を隠し、株主をないがしろにする買収プロセスは、もはや市場が許容するものではない。
アクティビストが旧経営陣の再任を否決した瞬間から、時代は変わったと言っていい。

調査報告書が示したのは、「説明責任と公正性を欠いた経営判断は必ずしっぺ返しを食らう」という、現代の上場企業にとって最も重い教訓である。

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寒天 かんたろう

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ライター歴26年。月刊誌記者を経て独立。企業経営者取材や大学、高校、通信教育分野などの取材経験が豊富。

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