
介護施設と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろうか。消毒液のにおい、静まり返ったフロア、あるいは社会から切り離された閉鎖的な空間——。
愛知県碧南市にある「有限会社デイ・サービスかなりや」は、そんなステレオタイプを軽やかに裏切ってみせる。
ドアを開けた瞬間に鼻をくすぐるのは、病院特有の無機質なにおいではない。厳選された天然アロマ(doTERRA)の豊かな香りだ。そして、そこには「余生」を静かに過ごすだけの高齢者の姿はなく、ヨガやクラフトに熱中し、時には地域の若者と笑い合う、活気ある日常が広がっている。
設立から20年以上。代表の久野佳子は、経営者でありながら自ら現場に立ち続け、「作業」としての介護を否定し、「仕事」としての介護を追求してきた。なぜ、かなりやは地域から選ばれ続けるのか。その取り組みの核心に迫る。
「香り」が変える、ケアの現場
かなりやの独自性を象徴するのが、本格的な「メディカルアロマ」の導入だ。単なる雰囲気づくりではない。香りの力で利用者の不安や不穏な気分を和らげ、QOL(生活の質)を高めるアプローチである。
その効果は、利用者だけにとどまらない。「介護の質は、働く人の心の余裕から生まれる」と久野は語る。介護現場は、時に感情労働の最前線となる。アロマの香りに満ちた職場環境は、スタッフの張り詰めた神経を解きほぐし、結果として利用者への優しい眼差しを生み出す循環を作っているのだ。
「できない」を言わないための保険外サービス
「危ないから座っていてください」。介護現場で飛び交いがちなこの言葉を、かなりやは良しとしない。
介護保険制度という枠組みには、どうしても「やれること」の限界がある。だが、人の暮らしや欲求はその枠には収まらない。「本当はもっと動きたい」「新しい趣味を見つけたい」。そんな声に応えるため、同社はあえて有料の「介護保険外サービス」を充実させた。
健康体操、ヨガ、本格的なクラフト制作。プロの講師を招き、質の高いプログラムを提供する。年齢や要介護度を理由に「できない」と決めつけず、その人が持つ可能性を信じて引き出す。ここでは、介護は生活を制限するものではなく、人生を楽しむための伴走者として機能している。
経営者が現場に立つという意味

「社長室で数字を眺めているだけでは、本当の介護経営はできない」
久野のスタイルは徹底した現場主義だ。利用者や家族の小さな変化、職員のふとした呟きを、その場で拾い上げる。この圧倒的なスピード感が、かなりやの強みだ。
さらにその視線は、施設の外へも向けられている。地域のママさんフリーランスや保育士資格者と連携し、施設を地域に開放。高齢者と子ども、働く世代が自然に交わる「多世代共生の拠点」をつくり上げた。
地域の「暮らしのインフラ」へ
5年後、10年後、かなりやは何を目指すのか。久野が描くのは、「困ったらまず“かなりや”へ」と言われる、地域のインフラとしての姿だ。介護が必要になってから探す場所ではなく、健康な時から地域住民が集い、予防に取り組み、互いに支え合う場所。
「介護は『終わりの場所』ではありません」
かなりやの挑戦は、私たちにそう問いかけてくる。老いは怖いものでも、孤独なものでもない。アロマの香りと人の温もりに満ちたこの場所で、新しい介護文化の萌芽を見た。



