「日本の健康寿命を伸ばしたい」。そう語るのは歯科医院向け総合商社、株式会社ADI.Gの代表取締役社長・浅野弘治氏だ。
浅野氏が同社に入社したのは、大学在学中。父親が一代で築いた同社を早く継承し、一人前になりたいという一心からであった。
日本の歯科医療と患者、両方に貢献できることとは何か。模索した答えは「予防歯科」へとたどり着く。
同社と浅野氏が挑んできた、日本の歯科医療と健康志向の改革について伺った。
歯科医療に革新を。予防歯科を推進する歯科産業総合商社
LINEを使い、歯科医院への予約や変更などが行える「コミュニケーションクラウド」。予約以外にも、医院独自のコンテンツの一斉配信や治療後のフォローなど、様々なコミュニケーションを行うことも可能。
石川県に本社を構える株式会社ADI.Gは、歯科医院向け総合商社だ。
取り扱うものは歯科医療用器械・器材・材料・薬品等だけにとどまらず、医院内で使用する歯科医院用コンピュータープログラムの開発から、歯科医院開設のコンサルティングにまで及ぶ。
現在は、従来の事業に加え、予防歯科を中心に全国の68000件の歯科開業医に流通網を構築し、その領域は製造・輸入などにまで広がっている。
同社は、アスリートやワーカーなど集中力を高めたい人向けに開発された、米国アンダーアーマー社のマウスピース「アーマーバイト」の日本における製造・販売元であり、また、スウェーデンで生まれた最先端の予防医療技術「バクテリアセラピー」を普及させるためのバイオテクノロジー製品の世界的な企業、バイオガイア社の日本の総代理店でもある。
また、クラウドソフトウェアの提供、歯科医院のコンサルティングを主に行っている。クラウド上で使用できる予約、経営管理、カルテ・レセプト管理などのシステムは、同社が開発企画したものだ。
予約システムはLINE、経理システムは、freeeと、今話題のクラウドコンピューティングの各社といち早く提携し、「歯科医院と患者の皆様と、どちらにもメリットになるものを提供しています」。
同社の創業者は浅野氏の父親だ。現在でも同社が継続できているのは、父親が残した信用と、自分を信じて勉強をさせてくれたおかげだと、浅野氏は振り返る。
一代で会社を築き上げた矢先に倒れた父親。回り道はできないと継承を決意
同氏の父親が「株式会社浅野歯科産業(現株式会社ADI.G)」として創業したのは、昭和32年。最初の拠点は京都であった。
実家は石川県羽咋市。地元の名主であり代々続く農家であった。当時、家を継ぎたくないと言った浅野氏の父親は、祖父から勘当状態。京都の立命館大学へと進み、事業を起こしたいという野望を胸に、様々なアルバイトを経験していく。
「そんな父が、いよいよ起業しようと目をつけたのが歯科産業でした。絶対に絶えることのない医療に関わる商売、中でも、人の体の中で一番数が多い〝歯〟ということになったそうです」
当初は京都であったが、地域に根ざした事業にしようと石川県に戻った。創業時は、資金、営業先、何もかもが足りず、とにかくがむしゃらに走り回ったという。時は高度成長期。新卒の採用を行い、関東へ進出、千葉には自社ビルを建てた。
「高度成長期の、典型的な経営者の姿でしたね」
寸暇を惜しんで走り続ける父親が心筋梗塞で倒れたのは、同氏が中学2年生の時であった。
「父親の会社の将来を考えた時、自分は回り道できないと思いました」
まだ少年であったにも関わらず、同氏は父親の事業を継ぐことを決心したのだった。
奇跡的に、父親は一命をとりとめた。しかし、事業は縮小せざるを得ない。経営方法は大きく変わり、家族の生き方も変わった。
「今まで裏方でいた母親が父親を支えて会社全体を見るようになり、同時に自分も、後継者としての自覚が出てきました」
早く一人前になりたい。そう強く願った同氏は、大学入学とともに同社へ入社する。そしてこの時、父親とある約束を交わしたのだった。
「創業者であれ」。失敗という学びを経て手に入れた経営力と使命
「二代目ではなく創業者になる」。これが同氏と父親が交わした約束だ。
「お前が創業者になるんだから、何も教えることはない。好きにやれと言われたんです」
経営者は、常に今の時代を生き抜かなくてはならない。それには、自分で考えて行動する力が必要だ。
「人間いつ死ぬかわからないんだから」と付け加えられた言葉に、父親の思いが込められていた。
事務所を別にあてがわれ、同氏の経営が始まった。
「でも、からきしダメでした。現実を嫌というほど思い知らされましたね」
父の経営は隣で見てきたはずなのに、何もできない。なぜできないのか。答えが見えない暗闇を迷い続ける日々だった。
「自分には、スキルも知識もなかった。チームや組織を作ることの必要性も知りませんでした」
後継者という4番バッターでも、バッターボックスに立つ前からダメだったと、同氏は振り返る。
ならば、自分の得意分野をやろう。そう考えた同氏は、歯科医療事務のレセプトソフトの販売に着手する。しかし。
「また失敗しました。メーカーの話すことを鵜呑みにして客先に納品したら、バグだらけで使い物にならなかったのです」
着眼点は良いはずだった。歯科医療の事務や請求は非常に複雑で難解だ。レセプトソフトへの需要はあった。
「当時のレセプトソフトは、データを検索することもできないしチェック機能も現状の要求レベルからは程遠いものでした。そのため、人の手で計算やチェックをした方が正確だと考えられていたのです」
けれど失敗は成功の元。同氏は失敗から学んだ教訓を生かし、ソフトウェア開発メーカーとチームを組むことにした。同時に自ら医療事務を学び、カルテ・レセプトソフトの開発設計を行い、同社オリジナルのソフトを完成させたのだ。
「価格などで妥協せず、必要で正しいものを作りました」
同氏が企画開発したオリジナルのレセプトソフトは、営業チームの功績もあって全国展開となった。
「できないことがあるのなら、できる人とチームを組む。これが成功の秘訣だと思います」
こうして、同氏は1999年に事業を継承し、代表取締役社長に就任した。
「ちょっとよそ見をすると、父の具合が悪くなる。その度に引き戻されてきました」と同氏は笑う。同氏に使命を全うする力が備わるのを、父親は待っていたのかもしれない。
患者視点からの予防歯科の推進
現在同社が扱う商品は、歯周病予防、健康促進に関するものが多い。
「27歳から29歳まで、アメリカに行かせてもらっていました。そこで、医療に対する考え方が日本と全く違うことに気づきました」
アメリカには保険がなく、治療には高額な医療費が必要となる。必然的に、予防することが最善の保険となる。歯科医療も予防措置が中心であったのだ。
反対に日本は、保険制度があるため治療中心の医療である。
しかしこの先、教育が行き届いている時代、虫歯になる人は減ってくるだろう。人口が減り患者数が減れば、医院は経営できなくなってしまう。
歯科医院が安定した経営ができる方法とは何か。
「日本にも、予防歯科が必要となる時代が来る」そう考えた同氏は、歯科医院を「行きたくない場所」から「行きたくなる場所」にするための、商品開発と販売を始めた。
「口腔内だけに焦点を当てる〝治療中心〟の医療の提供だけでなく、消化器の入口である口腔内の健康が全身の健康に深く関わっていることに焦点を当てることにしました」
今では多くの歯科医院が提唱する予防歯科。同氏の着眼は、この先駆けとなったのだ。
「トータルヘルスプログラム」(バイオガイア社)は、4週間単位で体の中を基礎から作り直すプログラム。目的別に9つのプログラムで構成されている。
タブレットやガム、ストローなど複数種類の製品を組み合わせ、期間を決めて摂取することで体内菌の菌質改善を行い、健康をサポートする。
(写真左上:ピロリ菌対策プログラム/左下:おなかの健康プログラム)。
写真右下は、天然のプロバイオティクス(善玉菌)を摂取して人体常在菌のバランスを健常化する「プロデンティス」シリーズ。母乳由来の天然プロバイオティクスであるL.ロイテリ菌を生菌状態で配合している。
アスリートの社員採用で生まれた結束力と挑戦力
同社では、多くのアスリートの起用や応援にも力を入れている。取り扱っているマウスピースの「アーマーバイト」の広告だけではなく、社員としての採用も行っているのだ。
「アスリート用のマウスピースを取り扱っているからという理由もありますが、日の当たらないスポーツの選手を応援したいという思いがありました」
アスリートがスポーツを続けるためには、資金が必要だ。企業に勤務することで得られる安定した収入は、スポーツを続ける上で大きな安心となる。
企業にとっても、高い集中力を持ち、限られた時間で競争相手に勝つ準備を周到にできる将来有望な幹部候補生として、アスリートたちに勤務してもらうことができる。
思いがけないところでのメリットもあった。社員として採用した男子ビーチバレーボールの村上斉選手を社員一丸となって応援するようになり、「オリンピック出場」の夢を全員でみることで、社員の結束力が高まったのだ。
「夢を叶えること、ものごとに挑戦する意義は、仕事でもスポーツでも一緒です。私が伝えても伝わらないことが、村上選手をみんなで応援することで社員に伝わったのだと感じています」
公益財団法人日本オリンピック協会が運営する就職支援制度を活用し、2014年に入社した。
健康寿命延伸事業部に所属。広報を担当しており、実際に自分が製品を使った感想を伝えるなど、現役アスリートならではの説得力を武器に活躍中。
夢は2020年の東京オリンピック出場。全社一丸となって村上氏を応援することで社員の結束力が高まるなど、アスリート採用の思わぬメリットも同社にもたらされている。
健康寿命を伸ばしたい。歯科医療にイノベーションを
予防歯科の推進やクラウドシステムの導入など、常に「時代の潮流」と「医療の本質」の両方を見据えてきた浅野氏。そして今、同氏が挑むのは「日本の健康寿命の延伸」だという。
「日本の平均年齢は、女性は86.7歳、男性が79.7歳です。しかし、健康寿命は男性が70歳で女性は73歳。残りの人生は誰かの手を借りなくてはならなくなります。健康寿命を延ばすことに貢献したいですね」
どのような歯科医院を作りたいか。同社のコンサルティングでは、先生一人一人の要望に合わせた完全カスタマイズサービスを行っている。
また、歯科医院運営のAI化にも意欲的だ。
人材不足の今、予約の電話受付だけでも事務作業の負担になる。事務が滞ることで待ち時間が多くなれば、患者にも負担となる。
患者視点での新たなサービスを提供したいと同氏は言う。
「今は予防医療と健康志向の時代です。健康な人がもっと健康になるためのサービスを組み立てて、提供していきたいと考えています。医療機関の人々と一緒に成長できるエンジンを提供したいですね」
日本の歯科医療と患者の健康に向き合い続けた浅野氏が提案する「予防歯科」は、今や私たちの生活に根付いたものとなっている。
さらに進化した「予防歯科から健康寿命の延伸」は、浅野氏が目指す「未来の繁栄」へと繋がっていく。
ADI.Gはこれからも、歯科医療の新時代を創造していくのだ。
◎プロフィール
浅野弘治(あさの・こうじ)氏
1963年10月26日生まれ。1981年 中央大学在学中に、株式会社浅野歯科産業(現:株式会社ADI.G)入社。1985年中央大学法学部法律学科卒業。1991年Baylor College of Dentistry(現:Texas A&M University)Biomaterials Science 客員研究員就任、1996年日本歯科コンピュータ協会専務理事就任、1999年株式会社浅野歯科産業・代表取締役社長就任。趣味は映画鑑賞、読書、バスケットボール(観戦専門)、旅行。座右の銘は「未来を信じ、未来に生きる」(創業者の母校である立命館大学元名総長 末川博士の言葉)
株式会社ADI.G(エイ・ディ・アイ・ドット・ジー)
https://adig.jp/
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※本記事は、2017年7月に株式会社Sacco運営のメディア、BIGLIFE21で掲載した記事を再構成して転載したものです。