強盗殺人の陰に潜む制度疲弊と犯罪の温床

「またか」という声が漏れた。
佐賀県伊万里市で起きた母娘強盗殺人事件。逮捕されたのは、現役のベトナム人技能実習生だった。地元を震撼させた凶行の裏には、日本の“見て見ぬふり”を続けてきた制度の歪みが潜んでいた。
技能実習制度は、低賃金労働力の受け皿として拡張され続けてきたが、2023年には全国で約9,800人が失踪。そのうち半数以上にあたる5,500人がベトナム人だったという。今や“逃げ出す実習生”は日常風景となり、犯罪に手を染める若者たちも珍しくない。
「ボドイ」 SNSで広がる犯罪ネットワーク
逃亡した実習生たちは在留資格を失い、不法滞在者となる。逃げた先に待っているのは、SNSで組織された犯罪グループだ。「ボドイ」と呼ばれるこのネットワークは、ベトナム語で“部隊”を意味し、盗難や詐欺、強盗などの犯行に若者を誘い込む。
警察庁の発表によると、2024年に検挙された外国人刑法犯は6,368人。このうち986人が元・現役の技能実習生だった。特にベトナム人は647人と突出し、もはや制度は“温室”ではなく“培養器”と化している。
寮で群れて、言葉も覚えず、日本にも馴染まず
制度の欠陥は、日本社会との断絶を加速させていることだ。多くのベトナム人実習生は、同じ職場・同じ寮で生活し、職場の外に出る必要も、日本語を学ぶ動機もない。閉じられた空間に小さな“ベトナム”が出来上がる。
今回逮捕された男もその例に漏れず、日本語は片言だった。事件が起きたのは、まさに“社会内社会”の中だった。
「100万円の借金背負って来日」構造的貧困が背景に
彼らはそもそも“夢を抱いて”来日する。だが現実は厳しい。出国前に支払うブローカーへの斡旋料は100万円超が相場。来日前から借金地獄だ。
日本での月給は16万円前後。生活費や送金、借金返済を考えれば、手元に残るのはわずか。一方、韓国では縫製工場で27万円稼げるとの報告もあり、そもそも日本は“選ばれる国”ではなくなりつつある。
現場は人手不足の綱渡り 中小企業の叫び
「正直、いなかったら回りませんよ」
そう語るのは埼玉県の自動車部品メーカー社長。20人足らずの現場に、4人のベトナム人実習生がいる。「何度も逃げられたが、また入れなきゃ回らない。」
大阪の縫製工場では、「日本人が応募してこない。実習生を切れば事業が成り立たない」と語る社長も。だがその一方で、「逃げたあとの責任は全部うちに来る。賃金を上げる余裕もない。本当にどうすれば…」と疲弊した表情を見せた。
受け入れ企業の多くが“必要悪”として制度を黙認している現実がある。
「育成就労」導入で都市部への流出が加速?
政府は制度改革として、2027年度から「育成就労制度」への移行を決めた。新制度では、職場の変更が可能となり、ブラック企業からの逃亡に一定の歯止めがかかると期待されている。
だが一方で、より高待遇な都市部に実習生が集中し、地方の労働力が一層枯渇するという“第二の流出”も懸念されている。
日本が直視すべき「見えない移民政策」
ベトナム人実習生の失踪5,500人という数字は、単なる「不法滞在」の問題ではない。日本が移民政策を正面から語ることを避け、低賃金で“都合のいい外国人労働力”を使い捨てにしてきた結果が、この社会不安の連鎖である。
すでに実習制度は、雇用対策でも国際貢献でもない。“制度的貧困”と“構造的排除”が積み上げられた、危うい橋の上に立っている。