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今、ケンブリッジ大学の日本研究が危ない⁉ 【ケンブリッジ大学日本研究教授ミカエル・アドルフソン】

ステークホルダーVOICE 地域社会
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ミカエル・アドルフソン教授(Prof. Mikael Adolphson)
ミカエル・アドルフソン教授(Prof. Mikael Adolphson)……トリニティーカレッジフェロー兼アジア・中東学のダイレクターオブスタディーズ兼ケンブリッジ大学の日本研究の経団連教授。スウェーデン生まれ。82年に初来日。アルバータ大学(カナダ)、ハーバード大学(米)などを経て現職。(写真右)

ケンブリッジ大学の日本研究が危ない⁉ 海外の日本通の火を絶やさないためにできること

劇的に変化していく世界の中で、ケンブリッジ大学で日本研究を教えるミカエル・アドルフソン教授に、イギリスと日本の関係の最前線を聞いた。ケンブリッジ大学の日本研究が危ない?

◆聞き手:山中哲男

日本文化のスペシャリストから見た日本とは?

聞き手:山中哲男

山中哲男(以下、山中):久しぶりです。この対談のテーマは、ケンブリッジから見た日本ということなんですが、ミカエル教授は日本研究のスペシャリストです。そのミカエル教授から見て、近年の日本がどう映っているのかをお訊きしたくてですね。ズバリ単刀直入に、ミカエル教授から見た現在の日本はどのように映っているのか、から始めたいと思います。

ミカエル・アドルフソンさん(以下、ミカエル):哲男久しぶりだね。日本の面白さというのは挙げればきりがないんだけれども、100年以上継続している長寿企業が世界で一番多いことに代表される重厚な文化と新しいカルチャーが見事に混在しているその在り様でしょうね。

いたる所に連綿と紡いできた歴史が色濃く残っている一方で、伝統を守りながらも果敢に新しいことを取り入れていっている。歌舞伎を見ても、ワンピースなどのアニメを取り入れた現代歌舞伎が作られているし、陶磁器にも新しいスタイルがあります。伝統と革新をうまく融合させてその両方が楽しめる国として世界的に見ても稀有な存在です。

山中:ボクは「守破離」という言葉に代表されているように思います。まずは伝統を守って、そのうえで前の時代から引き継いだものを壊して新しい領域へ離れていく考え方が古くから確立されている国ですもの。では、日本企業に対するイメージを教えてください。

ミカエル氏

ミカエル:わたしは常々公言しているんだけれども、マーケティングが一番上手い国は絶対日本です!たとえば「初音ミク」があるでしょう(笑)「ポケモン」も。「たまごっち」なんてわたしから見ると、あまり意味のないおもちゃに思えるけどすごく売れました。

山中:「たまごっち」はみんな持っていましたね。面白い見方ですね。「キャラクター化」とかそういうマーケティングは日本人はたしかに上手なのかもしれません。

ミカエル:うまく売るのは日本が一番!一方で日本は研究や社会問題に関心がある人は多いのに、プレーヤー同士があまり手を結びません。みんな一人で黙々と課題に向き合うイメージがあって、連携力が弱いように思います。背景には、自分たちがやりたいことを実現するために、まずはイニシアチブをとって権力を手にする競争社会があるように思います。島国で、生き残るためには勝たねばならないという精神が強いのかもしれません。

しかし、近年の若い世代、ベンチャー企業では繋がりを重視する人が多くでてきたように感じますね。経済的に行き詰まって、これから日本の活路を求めてなんとか再生していかなければならないタイミングなので、競争社会ではダメだという危機感があるのかもしれません。

山中:確かに、最近のベンチャー界隈を見ていると、社会起業家的な志を高く持ちながら、且つ持続性を得るために、収益性もきちんと考えるという両輪を上手くまわしていける経営者が増えているように思います。

北斎とアニメの間 イギリス人には日本への関心を巡る格差アリ!?

イギリス人には日本への関心を巡る格差アリ

山中:イギリス全般から見た日本はどのように認識されているのでしょうか。

ミカエル:イギリスから見た日本を考えると、上流階級では日本の文化や芸術、美術はとても尊敬されています。先日大英博物館で行われた葛飾北斎特別展は大盛況でした。また、若い世代になると、日本のポップカルチャーやアニメに関心を寄せているようです。実際に、わたしの研究室の学生もほとんどがアニメや漫画をきっかけに日本文化に興味を持ちはじめた子たちです。そこから谷崎潤一郎などの小説を読んで日本の面白さに気づくというルートが多いです。

ただ、残りの大多数の一般の人たちは日本に何の興味関心も持っていない。わたしが日本に興味を持ち始めた1980年代と比べて、無関心化が顕著に進んでいるんです。

山中:何故でしょう。あるいは、80年代には日本に関心がある人が多かった理由は何なのでしょうか。

ミカエル:80年代はもっと多くの人が日本に興味を持っていました。わたしと日本との出会いで言えば、やはり映画や小説の影響が大きかった。というのも、わたしは歴史好きな少年だったのですが、若いころは中世時代のフランスを勉強していて、その分野の先生になろうと夢見ていたんです。でも80年代になると黒澤明の映画が気になり始めて。あと、ジェームズ・クラベルというオーストラリアの小説家が書いた『将軍』という小説の影響が大きかった。今の若者は聞いたことがないと思いますが、かなり反響のあった作品でした。82年にテレビシリーズとなって大流行したんです。

山中:それほど流行ったコンテンツがあったんですね。最近では「ゲイシャ(SAYURI)」や「ラスト・サムライ」などの映画もありましたが?

日本映画を語るミカエル

ミカエル:ええ。ただ、『将軍』ほどの影響力をもったとは思えません。なにせ欧米の人は結構な割合で読んでいましたから。『将軍』は1600年が舞台で、ウイリアム・アダムス(三浦按針)がモデルの小説です。小説の中では名前が変えられてジョン・ブラックソーン。徳川家康も吉井虎長になっていますが、実際の歴史をある程度の忠実になぞっているんです。今でもDVDやブルーレイで見ることができます。よくできたドラマです。

※『将軍 SHOGUN』は、ジェームズ・クラベルの小説 “Shōgun” を原作として、1980年にアメリカ・NBCで制作・放送されたテレビドラマ。ヨーロッパや日本で上映された。

山中:今のお話だと、ソフト1本でも強烈なコンテンツがあれば、これからも日本に対する視線は変わりうるということですね。

ミカエル:ええ。やはりコンテンツの力は大きい。たとえば数年前の『47RONIN』はそこまでのインパクトはもたなかったけれども、『ラスト・サムライ』のあとは少しだけ学生が増えました。映画やポップカルチャーの力は非常に大きく、コンテンツ次第で興味を持つ学生が増えることは間違いありません。

日本政府からの援助が少ないことが悩み 日本研究専攻の学生はどうキャリアを形成する?

山中:かつては日本政府や企業各社が日本のことを勉強したい人を応援していたと聞いていますが。

ミカエル:そうですね。日本が元気だった時代は政府としても日本に触れたい人材の輩出にきちんとお金を出していました。80年代は顕著でした。海外の大学に日本研究や日本史を教える人がいなければ、寄付金を出して「新しく日本コースを作ってください」と支援をしてまわっていましたから。そういった日本コースは5年ほどで軌道に乗せることを目指して後は大学に自己資金で運営させる手法が確立していました。

実際に、私のポストも80年代の初めごろに日本の経団連が寄付したお金でできたものです。今は寄付もなかなか割かれなくなったことは厳然たる事実としてあります。

ミカエル氏のインタビューカット

この点は大変問題です。大学は外部との交流や支持を強化しないと立ち行かないものです。日本を見ていると、明らかに海外大学への支援の機運が下がってしまっていることを感じます。中国が多額のお金を出しているからこそ、コントラストとして余計に感じますね。

山中:それは由々しき問題ですね。ちなみに中国がお金を出すようになったのはいつごろからですか?

ミカエル:中国の動きに目が行くようになったのは21世紀に入ってからです。そこから羨ましいぐらい予算が投じられるようになったのは、ここ10年のことですね。これは日本の動きに呼応してのものだと思います。21世紀に入って起こった『ドラえもん』などのコンテンツを世界で盛り上げようという日本の動きを見て、中国も動きが活発になりました。今日では日本のことを勉強している学生も中国のことを勉強している学生もほぼ同数か、否寧ろ中国の方が多い。

さらに中国を勉強する人はほぼ必ず政治や国際関係、マーケティング的な観点も学業として勉強している人が多いです。一方、日本を勉強する人は文化やソフトのことを中心に考えている人が多い印象です。

山中:ちなみに今、先生のところには何名くらいの学生がいますか?

ミカエル:平均すると一学年で10人くらいです。少ないと思うかもしれませんが、ただケンブリッジはイギリスで一番入学するのが難しいので、日本に興味をもっていても成績がよくなければ入れない問題があるんです(笑)学生はイギリス人が半分強で、あとはヨーロッパから来る人。それに香港や台湾の学生もいます。アニメや漫画といった日本文化に興味を持つ学生もいれば、純文学に関心を寄せる学生もいます。人気なのは、やっぱり村上春樹かな。私は谷崎潤一郎が好きなんだけど。

ケンブリッジ大学の学生が日本企業への就職がすくない理由とは?

山中:ケンブリッジで日本について学ぶとしたら、卒業後はどういった進路、キャリアを歩めるのでしょうか。

ミカエル:それが悩ましい点です。わたしは少なくとも学生の半数には日本で就職してほしいと思っていますが、現状で言えばもっと少数になります。もちろん働き口はたくさんあります。ただ、大学で学んだことを活かすためにも、もっと日本で就職してほしいのです。

ケンブリッジ大学の学生が日本企業への就職がすくない理由

日本企業への就職が少ない理由は明白で、わたしの授業と日本企業各社との間に強い繋がりがないからです。日本研究が専門なのにケンブリッジを卒業している単なる優秀な人材としての存在価値しか持ってもらえない。日本研究が日本企業各社にとって大きな付加価値と映らないんです。

ぜひ日本人に知ってもらいたいんだけれども、中国はこの点が違います。中国ではケンブリッジ大学を卒業すれば、とても高く評価されます。でも、日本でケンブリッジ大学を卒業しても他国ほど評価されません。東大の方が評価されるでしょう? だからケンブリッジ大学を卒業した日本人学生は日本に戻りません。そのままシティなどに就職してしまう。スウェーデン人ならケンブリッジ大学を卒業したらスウェーデンでの就職がとても簡単です。そこが日本の難しい点です。

ひとつアピールすると、わたしの講義はほとんど日本語です。1週間に20時間の授業がある。アメリカの大学でも1週間に5時間くらいしかありません。

山中:その点は日本企業各社にもっと評価されてもいいですね。だからこそ去年初めて、ボクが日本企業を紹介したんですよね。ミカエル教授に企業訪問してもらい、インターンシップ実施に向けて動き出しました。

ミカエル:インターンシップによってケンブリッジの学生の質の高さが企業側にも伝わるはずです。就職にも繋がるでしょう。そのことを今は楽しみにしていますし、ゆくゆくキャリアの在り方も変わってゆくでしょう。日本研究のプログラムは4年間で、1年目と2年目はケンブリッジにいればいいけど、そのあとは1年間日本に行かなければなりません。留学して、日本語の力を高めるのが目的です。その1年のうちに1カ月でもいいからインターンシップをすれば日本語の力もつくし、働いた経験も得ることができますから。

山中氏の対談風景

ただ、既存の日本のシステムだと、就職する前は日本にいないとダメな場合が多い。外国に行ってしまうと就職の機会が狭まります。だから日本の大学生が長期留学をしたり、海外の大学に入学したりするケースは少ないです。

さらに問題なのは、日本研究の学問が軽視されがちなことです。確かに文学や歴史を専攻することは、自分のキャリアをどこに気づくかが明確でない中、就職という選択肢でみれば有利に働くものではない。ただ、リベラルアーツとしての様々な知識があることで、人間性が磨かれ、人生が豊かになると言い切ることはできます。

わたしは、日本の起業家を見てその想いを強くしましたよ。起業には向いている。CRAZYの森山さんの専攻は思想学でしだっけ?アイデアがある人は比較的文学系であることが多い。

質問する山中氏

山中:自分がこうありたいという想いの強い人は、哲学や社会学をしていることが多いかもしれませんね。ただ、そもそもケンブリッジの学生は日本企業を知りませんよね。日本企業もケンブリッジ学生を知りません。コンタクトを取る手法さえわからない状況では何かが生まれるはずがない。

この点インターンシップを実施することは非常に意味があるはずです。去年は3日間という短い時間で本当に多くの企業を訪問しましたよね。ボクの知り合いの経営者たちをミカエル教授にご紹介できたので良い機会となりました。印象に残っている企業はありますか?

質問に答えるミカエル氏

ミカエル:新しい企業が多いですね。チームラボやCRAZYとか。昨年、企業訪問した際にびっくりしたのは、日本のベンチャーやスタートアップがとても上手くやっていることでした。わたしは大手企業、トヨタや日立のことしか知りませんでしたし、講義でも大手企業のことしか教えていませんでした。実際にベンチャーやスタートアップに行って感心することが多かった。彼らを見ていると日本には未来があると思うことができました。

これからこうした日本のベンチャーやスタートアップが事業を大きくグローバルに展開していく過程で海外人材が必要になることは明白です。そこに期待しています。今日も学生からメールが来て、「CRAZYでのインターンシップがOKになりました」と伝えてくれた。とても喜んでいましたよ。わたしも嬉しい(笑)

山中:すごい話ですよね。ケンブリッジの学生がCRAZYのように新しい会社でインターンシップをするって。取り組みや思想は独創的で可能性がある会社なので、その点に学生も共感や魅力を感じているのでしょうね。

留学先はどういう大学ですか。

ミカエル:多いのは同志社大学です。でも外国人が同じところに行ったら友達と英語でコミュニケーションするだけなので、ホンネを言えば、一人ずつ異なる大学に行かせたい。今年は京都大学に1人、東京の大学にも3~4人行く予定なので変わってゆくと思います。

「将軍」がきっかけ ミカエル先生のケンブリッジまでのキャリア

ミカエル氏の横顔

ミカエル:わたしは母国がスウェーデンです。母国の大学に通い、その頃はフランス中世史を勉強していました。ただ、ヨーロッパではヨーロッパ中世史を勉強している人の数が多いんです。だから、面白かったけれども、みんなと同じ道には行きたくなかった。それで中世でほかに面白い国はないかと思い始めた最中に日本と出会ったんです。そういった意味では『将軍』がなかったら日本に興味を持たなかったと思います。

日本の中世の魅力はズバリ複雑さです。そもそも一般的に誤解されていることとして、社会は発達とともに複雑化されると多くの人が思っていますが、あながちそうとは言い切れないものです。中世は非常に複雑な世界です。日本がほかの国とはどう違うかというと、冒頭申し上げたように、自国の伝統や文化を今も色濃く残していることです。

イギリスやフランスはともかく、他国に行くと昔の道はもうありません。でも日本にはたくさん残っている。さらに自国の歴史を尊重し合う風土も保持されている。この点が重要で、ただ残っているのではなく、きちんと評価されていますよね。

山中:それは日本が島国だったことが大きく思えますね。侵略された数が少ないし、ガンダーラの仏像のような残念なことが起きていない。第二次大戦でもアメリカ軍は京都を意識的に攻撃しませんでした。

ところで、ミカエル教授は日本研究を勉強された当初から教授になろうと思っていたのですか?

ミカエル:日本語を勉強し始めてから暫く悩んでいました。もっと学んでいたいと思い日本に行くことを考えました。関西外国語大学に留学していた友人が「あなたならは必ず日本で楽しめる」と言ってくれたことも大きかった。そんなある日、スウェーデンの日本大使館に文科省の奨学金がでており、受験したら合格して奨学金をもらうことができたんです。日本に降り立った瞬間に「あ、これはわたしの未来の居場所だ」と思ったことを今でも強く憶えています(笑)

山中:日本に降り立った瞬間に、空港で?

ミカエル:そう、当時だから伊丹空港で。それが32年前。86年ですね。

山中:じゃあちょうど日本が高度経済成長真っ盛りの時代ですね。

ミカエル:最高だったよ!哲男は若いから知らないだろうけど(笑)最初は大阪外国語大学(現・大阪大学)にいて、半年経って京都大学に研修員として通いました。

印象深い日本人「松平さん」とは

スポーツにも詳しいミカエル氏

山中:これまでに出合った日本人で思い出深い方は?

ミカエル:バレーボール協会の元会長の松平康隆さん! 72年のミュンヘンオリンピックで日本男子が優勝した時の監督でした。その時のセッターが猫田(勝敏)選手。それというのも、わたしはスウェーデンではずっとバレーボールをやっていたから。監督もやっていたので、大阪に着いてから3日目にして大阪外大の女子チームの監督になったんです。

それで試合があって遠征した会場で松平さんとお会いしました。緊張しながら「松平さんと猫田選手のファンです」と言ったら、その時ちょうど展示されていた、若くして亡くなった猫田さんのユニフォームとシューズを松平さんが涙ながらに説明してくれて、以来友人関係になれました。

その後、大学院生だった92年、来日して博士論文の研究をしていたら松平さんに「マイケルさん、通訳をやってくれない?」と頼まれて、1年間日本バレーボール協会の通訳を務めることになりました。「ファイナルフォー」というオリンピックのトップフォーが一緒に試合をする大会が代々木体育館であった時には、英語でアナウンスをやりましたっけ。

松平さんは研究とは関係ない人です。でも、アカデミックを嗜む外国人が、研究する対象国に行くならば、研究以外の何かにも強く興味を持たないとダメだと思っています。興味を持っていれば必ず日本に同じ興味を持っている人がいて、それでいろんなドアが開くから。異文化に触れあうときの秘訣ですね。

山中:ミカエル教授は、松平さんを通じていろんな日本のドアが開いたんですね。大学の教員歴はどこから始まりますか。

ミカエル:95年に博士号をとって、最初はオクラホマ大学で教鞭をとりました。4年間そこにいて、ハーバード大学に呼ばれて9年間、そのあとカナダのアルバータ大学に7年間。それで2年半前にケンブリッジに来ました。ここで働いている先生方は世界屈指の頭脳です。わたしはケンブリッジの31あるカレッジのなかでも1番名誉あるトリニティにいます。ニュートンがいたところなんですよ。そうした偉人の系譜に連なるからでしょうか、今も数学と物理学のレベルが高いところです。

ノーベル賞をこれからもらう、もうもらったという人ばかりで、その人たちとディスカッションできることは、学問を志す者にとっては無常の喜びです。このケンブリッジより上はないから、ケンブリッジで努力して日本研究を残したい。あと10年ちょっとで引退することになりますが、なんとか残したい。

山中:それがミカエル教授の使命?

ミカエル:ええ。日本研究を形にするプロジェクトは、あと5年くらいでなんとかしないと、無理だと思っています。今は学長が興味を持ってくれているのでチャンスですね。

ケンブリッジに日本研究センターを作りたい

インタビューは和やかに行われました

ミカエル:ケンブリッジの場合はたとえば歴史であっても政治学、経済学であっても、それぞれの分野で全部の国を議論しなければなりません。ただ、その分野のなかで議論する際、日本は全く出てきません。それが問題です。

問題のひとつは言葉。多くの学者は日本語がわかりません。ただ、経済学や環境問題を議論する際に日本を抜いて考えるわけにはいきません。日本はクリーンエネルギーの研究がとても進んでいます。ただ、日本がその議論の中に入っていません。日本の研究はケンブリッジで知られていないのです。つまり、ケンブリッジと日本で行われている研究が繋がっていないのです。なんとかしなければなりません。

一番実現しやすい解決法は、日本の研究者をケンブリッジに招聘できる場所、センターをつくること。たとえば「ケンブリッジグローバルリサーチ日本センター」などがあれば、大学だけではなく、企業からも優秀な研究者を招き、ケンブリッジの優秀な研究者と引き合わせ、協力し合えるようになります。日本の研究レベルも高まるし、ケンブリッジの役にも立つし、言葉ならわたし自身あるいはわたしの学生が通訳をできます。

こういった機関を日本政府が作ってくれると良いのですが、何回打診していてもお金がないという返事しかありません。これはケンブリッジの日本研究専攻の存続にもかかわる危機です。世界中で最も感度の高い人たちが集まる場所で、日本に触れる機会がなくなろうとしていることのもったいなさを多くの人に感じてほしいです。

山中:日本以外で連携ができている国はありますか?

ミカエル:ハーバード大学には「ライシャワー研究所」があり、うまく機能しています。研究所が毎年10くらいのポジションに日本政府や企業からの研究者を招待して1、2年研究させます。でもヨーロッパにはそうした研究所はありませんが、イギリスはこれからEUを離脱してフレキシブルになるので、チャンスは今だと思います。

山中:この機を逃して今のまま進んでしまうと、ますます日本の存在感が下がっていってしまうということでしょうか?

熱弁するミカエル氏

ミカエル:わたしたちが考えている「レベル」は3つあります。ひとつは「大学生」のレベル、もう一つは「大学院生」のレベル、それから「私たち自身の研究」のレベルです。一番困っているのは大学院生のレベルです。

ケンブリッジの大学院は学費が結構高い。だから、大学院に入れる実力があってもお金がなければ入学できません。私がケンブリッジに着任した時は、日本研究専攻の大学院の課目は貧弱でした。研究している大学院生がいないと、未来の学者は育ちません。そうなると日本研究の課目は必要なくなります。

ケンブリッジ大学でできなかったら、他の大学でも無理でしょう。要するに諸外国における日本研究は今危険に瀕していると言えます。センターがあればセンターの中で大学院生を支えられるから、解決法として最良な手法です。他に、スカラシップ制度を支援してくれる企業や個人の方がいれば、大学院生の学費を支援できますので、そうした手法が確立されるだけでも助かります。

山中:先行きが危険な感じがしますね。いいニュースはありませんか?

ミカエル:ちょうど今朝、ケンブリッジ大学の学長から連絡があり、話をしたいといわれました。新しく学長になった人物ですが、彼がケンブリッジといろんな国とで協定を作りたいようです。6つの地域が注目されていて、その一つが日本です。

山中:それはよいニュースですね!

ミカエル:学長とは、日本企業とも協定すべきだという話をしたいと思っています。日本政府に話を持ち掛けるのも、ケンブリッジにもその気運が見えてきた今がそのタイミングだといえます。

山中:今までは日本の話は大学で出なかったのですね。

ミカエル:中国のことばかりでした。彼が学長になったのが10月で、その直後に会ったら「日本研究専攻ももうちょっと頑張ってください」と言われました。それでその後嬉しいメールが来た、これは素晴らしいことです。だからこのタイミングでどんどん進めていきたい。哲男にも手伝ってもらいながら(笑)

山中:そうですね。ぜひ日本企業からケンブリッジをサポートして、日本研究を途絶えさせないようにしたいと思います。今日はありがとうございました。

ミカエル:日本の皆さん、なかなか日本からケンブリッジに来ることは距離的に難しいかもしれませんが、今はイギリスは食事も美味しくなったからぜひ来てください(笑)。

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ライター:

株式会社Sacco 代表取締役。一般社団法人100年経営研究機構参与。一般社団法人SHOEHORN理事。週刊誌・月刊誌のライターを経て2015年Saccoを起業。社会的養護の自立を応援するヒーロー『くつべらマン』の2代目。 連載: 日経MJ『老舗リブランディング』、週刊エコノミスト 『SDGs最前線』、日本経済新聞電子版『長寿企業の研究』

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