
ネット上で拡散された「高市早苗首相とウルトラマンが激闘を繰り広げる」というAI動画が波紋を広げている。実在の政治家と国民的ヒーローを戦わせる不謹慎な内容に、伝説の俳優も激怒。進化する生成AIの利便性の裏に潜む「光と影」を、改めて浮き彫りにした。
突如拡散された「高市首相VSウルトラマン」衝撃の格闘映像
2026年2月11日、日本のSNS空間を揺るがす一本の動画が拡散された。青いジャケットを身にまとった高市早苗首相が、国民的特撮ヒーローで、“帰ってきたウルトラマン”ことウルトラマンジャックと市街地で激しい肉弾戦を繰り広げるという、にわかには信じがたい内容だ。
動画の内容は極めて衝撃的だ。巨大化した高市首相が鋭い形相でウルトラマンと殴り合い、腹を蹴られてダウン。その後、ウルトラマンに抱え上げられて回転しながら放り投げられ、最後は必殺技の「スペシウム光線」によって爆散・制圧されるという展開である。
この動画は、中国のByteDance(バイトダンス)社が発表したばかりの最新動画生成AI「Seedance 2.0」を用いて作成されたものとみられる。そのクオリティは極めて高く、実写と見紛うほどの迫力があった。しかし、その完成度とは裏腹に、ネット上では「不謹慎極まりない」「政治利用だ」「ウルトラマンにも失礼」といった批判が殺到し、瞬く間に大炎上へと発展した。
伝説の俳優・森次晃嗣氏が激怒「円谷プロは訴えるべき」
この事態に対し、ウルトラマンシリーズの歴史を支えてきた関係者からも怒りの声が上がっている。
1967年放送の『ウルトラセブン』で主人公・モロボシ・ダンを演じたことで知られる俳優の森次晃嗣氏(82)は、2月12日未明に自身のX(旧Twitter)を更新した。森次氏は、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が投稿した「訴えなさいよ。円谷プロ」という言葉を引用し、次のように同調した。
「ホントそう思います。円谷さん、訴えた方が良い」
長年ヒーローとして子供たちの夢を守り、シリーズを大切にしてきた森次氏にとって、政治的信条や悪意を感じさせる形でのキャラクター利用は、到底許容できるものではなかったようだ。
また、動画に登場したウルトラマンジャックの人間態「郷秀樹」を演じた俳優・団時朗氏(2023年に逝去)を想うファンの間からも、「声を上げられない故人を侮辱する行為だ」「醜悪そのもの」といった悲痛な叫びが相次いでいる。
最新AIモデル「Seedance 2.0」が悪用の温床に?
今回の騒動の引き金となったのは、技術の劇的な進化である。報道によると、中国のByteDance社は2025年12月に発表した「Seedance 1.5 Pro」の後継モデルとして、2月10日に「Seedance 2.0」を発表した。
この最新モデルは、画像・動画・テキストなどを基に、最大15秒の極めて一貫性の高い動画を生成できる能力を持つ。特にキャラクターの表情や質感の再現度、カメラワークの追従性に優れているのが特徴だ。現在、中国国内の電話番号を持つユーザー向けに順次提供が開始されているが、このツールを使って日本の知的財産(IP)を無断利用した動画が続出している。
高市首相の動画以外にも、以下のような不適切な生成動画が確認されている。
- 「高市首相VSウルトラマン」の別バージョン(アカウントが中国語のものも存在)
- 「孫悟空(ドラゴンボール)VSドラえもん」のアニメーション
- 「葬送のフリーレン」のキャラクターが無断で登場する映像
これらは、米国OpenAI社が開発した動画生成AI「Sora 2」が登場した際と同様に、著作権保護の観点から深刻な懸念を呼び起こしている。
ネットユーザーに広がる危機感
SNS上の反応を分析すると、技術への驚きよりも、将来への不安や嫌悪感が勝っていることが伺える。
・「自分がこんな屈辱的な目に遭ったら、傷つくどころの騒ぎではない」
・「著作権侵害の宝庫になり、今後は対応しきれなくなる」
・「安易に生成されて拡散される世の中が末恐ろしい」
特に、一国の首相を嘲笑の対象とし、かつ正義の象徴であるヒーローにその「処刑役」を担わせるという構成は、「表現の自由」という枠組みを大きく逸脱しているとの指摘が圧倒的だ。
円谷プロダクションの回答と法的な境界線
ウルトラシリーズを制作する円谷プロダクションは、事態を重く受け止めている。
2月12日、報道の問い合わせに対し、同社広報より以下の回答があったようだ。
「個別のSNS投稿への対応状況については回答を差し控えさせていただいております。権利侵害と判断される事案に対しては、当社ガイドラインに基づき適切に対処してまいります」
実際、拡散された動画の多くは2月12日夕方までに、著作権者からの申し立てにより「著作権者からの申し立てにより無効になりました」として削除されている。しかし、一度ネット上に放流されたデータは、コピーされて一部が残存し続けており、いわゆる「デジタルタトゥー」としての恐ろしさを露呈している。
専門家は、「今回のケースは単なるパロディの域を超え、作品の価値を毀損(きそん)する可能性が極めて高い。政治家の肖像権侵害と、キャラクターの著作権侵害が重なる悪質な事例だ」と警鐘を鳴らす。
AI時代に求められる「倫理」と「法整備」
便利な社会に進化しつつある一方で、技術の使い手の「善し悪し」がこれまで以上に問われている。
先月には中高生による暴行動画の拡散が社会問題となり、加害者は一生消えないデジタルタトゥーという制裁を受けることとなった。今回のAI動画騒動も、同様の危うさを秘めている。日本はこれまで、インターネット上の意見に政府が圧力をかけない「監視干渉をしない国」として知られてきたが、今の事態は「表現の自由」を尊重するだけでは済まされないレベルに達しているという意見も根強い。
放送作家の一人は、こう語る。 「政治批判をするならともかく、この動画は一国の首相を過度におとしめる目的で作られており、パロディの域を超えている。今後もこうした悪意ある動画が作られる可能性は高く、生成AIに特化した法整備が必要な時期に来ているのではないか」
ヒーローの尊厳を守るために
ウルトラマンは、誕生から60年近くもの間、子供たちに勇気と希望を与え続けてきたヒーローだ。それを政治的な攻撃や悪質な悪ノリに利用することは、その歴史とファンへの冒涜に他ならない。
今回の騒動は、AIという強力な力を手にした人類が、いかにして「倫理」というブレーキを使いこなすべきかを改めて問い直す機会となった。技術の進歩を止めることはできないが、その使い道を誤れば、誰もが誰かを攻撃し、傷つけ合う荒廃したデジタル社会が待ち受けている。
正義のヒーローが倒すべき「真の敵」は、今や画面の中にいる怪獣ではなく、人間の心の奥底にある無責任な悪意なのかもしれない。



