
エイプリルフールの冗談が思わぬ炎上に発展した。株式会社BACKSTAGEの広報による軽率な投稿が、個人と企業の信頼を揺るがせている。
エイプリルフールに渡邊渚さんとの“結婚報告”を虚偽投稿、SNS炎上の発端
2025年4月1日、株式会社BACKSTAGEの広報を務める国木田さりまる氏が、自身のX(旧Twitter)にて「弊社代表の溝口勇児と元フジテレビアナウンサー渡邊渚さんがご結婚されました」との投稿を行い、物議を醸した。添付された写真は、同社が展開するYouTube番組「モデルプレス×REAL VALUE インタビュー」での共演時に撮影されたものであり、関係者の了承は得られていなかった。
この投稿に対し、溝口氏本人が「さすがにこれはやりすぎ。消して」と反応。投稿は1時間足らずで削除され、国木田氏は「軽率な発信となってしまった」「多くの方に不快な思いをさせてしまい申し訳ない」と謝罪したが、すでに情報は拡散されていた。
溝口勇児氏が「やりすぎ」と投稿削除を要請、国木田さりまる氏が謝罪も拡散止まらず
国木田さりまる氏は、15万人以上のフォロワーを抱えるインフルエンサーであり、同時に株式会社BACKSTAGEの広報・採用人事も務める。モデルやブランドプロデュースなど多岐にわたる顔を持ち、2022年には自身のデジタル写真集が発売1週間で1000冊以上を売り上げ、週刊プレイボーイのランキング1位を記録するなど、高い影響力を有する存在である。
そうした“二刀流”の発信者による今回の投稿は、個人の影響力と企業の公式性が曖昧になった結果としてのリスクを象徴している。対象となった渡邊氏はPTSDを公表し、療養を経て復帰したばかりであった。信頼関係が前提とされる広報という立場でありながら、無許可での“ネタ化”は倫理的にも配慮を欠いていた。
インフルエンサー広報の発信が企業リスクに直結、渡邊渚さんを巻き込んだ投稿の代償
SNS活用が企業広報の中核に組み込まれる時代、広報担当者が“個のブランド”として強い影響力を持つケースが増えている。株式会社BACKSTAGEの国木田さりまる氏も例外ではない。彼女のようにインフルエンサーとしての発信力を武器に情報を届けるスタイルは、時に企業イメージを高めるが、一方でその自由な発信が企業の方針や倫理と衝突するリスクも孕む。
今回の投稿は、そうした危ういバランスが一気に崩れた一例であった。渡邊渚さんは2023年にPTSDを公表し、長期休養を経てようやく活動を再開したばかりである。そのような人物を無断で“結婚ネタ”に利用したことに、多くのユーザーが「絶対にイジったらアカン人」と強く反発した。さらに使用された写真には無断転載の疑いもあり、企業のコンプライアンス体制にも疑問が投げかけられた。
注目を集めたい一心で放たれた発信は、結果として関係者の尊厳を傷つけ、企業そのものの信頼にも影を落とした。投稿には渡邊氏への直接的な謝罪も含まれておらず、その点も批判を加速させた。SNSでは「採用人事としての資質を疑う」「この人が会社の顔であることが不安」といった声が相次いでおり、企業としての姿勢が問われる事態となっている。
SNSユーザーから企業モラルを問う声、「軽率すぎる」「絶対にいじってはいけない人」
今回の炎上は、企業広報の“顔”が個人のインフルエンサーであるという、いまや珍しくない状況に警鐘を鳴らすものである。影響力を持つ者ほど、その言動が信頼や信用を左右する重みを理解しなければならない。
BACKSTAGEは今後、社内ルールの整備や広報ガバナンスの強化が求められる。SNSという公共の場で語られる情報が、企業の姿勢を象徴する時代において、発信者個人の“感性”に任せきりでよいはずがない。
また、利用された渡邊氏への真摯な対応も不可欠だろう。療養からの再出発を支えるべき周囲が、不用意に彼女を巻き込んだ事実は、周囲の“想像力”の欠如を浮き彫りにした。
エイプリルフールという年に一度の風習が、単なる“ユーモアの実験場”では済まされなくなってきている。今回の投稿は、その一線がどこにあるのか、企業と個人があらためて自問すべき出来事だったと言えるだろう。
SNS25.5万フォロワーの影響力と広報の責任――国木田さりまる氏の二面性が浮き彫りに
今回の投稿を行った広報担当者は、インフルエンサーとしても活動している国木田さりまる氏である。SNSで多くのフォロワーを抱え、Instagramではその数が25.5万人を超える。ファッション雑誌でのモデル経験や、自身プロデュースのブランド展開、さらにはアイススケートを活かしたダンスパフォーマンスなど、多面的な活動で注目を集めてきた。
2022年にはデジタル写真集を発売し、わずか1週間で1000冊超を販売。週刊プレイボーイのデジタル写真集ランキングで1位を記録するなど、その影響力の強さを数字でも裏付けている。
一方で、個人のキャリアと企業の広報活動が混在する環境下では、発信内容に対する注意力や倫理観が求められる。その意味で今回の騒動は、インフルエンサーという立場と広報という役割の両立の難しさを浮き彫りにしたともいえるだろう。