
「ナマケモノの態度を改めなければ、あなたを必要とする理由が見当たりません」。上司からのこの言葉が、30歳の男性を追い詰めた。過重労働と度重なるパワハラの末、自殺に追い込まれた男性。その死の責任を問う裁判で、福岡地裁は上司の言動が不適切であり、会社と上司に計約6600万円の賠償を命じた。裁判所が認定したパワハラの実態とは何だったのか。背景や関係者の声とともに詳しく解説する。
パワハラと過労が奪った30歳の命
大分県佐伯市に本社を置く海運会社「福永海運」で働いていた滝本明範さん(当時30歳)が2019年4月に自宅で自殺した。福岡地裁は2024年3月19日、滝本さんの自殺が過労とパワハラによる精神障害が原因だったと認め、会社と当時の上司に計約6600万円の賠償を命じた。
林史高裁判長は判決の中で、「上司からのメールは人格をおとしめる表現であり、業務上の必要性はなく、社会的相当性を欠き不適切」と指摘。滝本さんの両親は2019年に提訴し、長い裁判の末に勝訴を勝ち取った。
明らかになった上司の言動
判決によると、滝本さんは2018年から2019年にかけて、当時の上司から7通のメールを受け取っていた。その内容は、
- 「ナマケモノの態度を改めなければ、あなたを必要とする理由が見当たりません」
- 「手抜きにも程があります」
- 「貴方にも後輩が出来ました。追い越されない様によ〜く考えてください」
といった厳しい言葉が含まれていた。裁判所はこれらのメールが「人格をおとしめ、精神的負担を与えるもので、業務上の必要性がない」として、上司の行為をパワハラと認定した。
43時間超の時間外労働と精神的負担
滝本さんは亡くなる直前の1か月間に、43時間以上の時間外労働をしていた。また、帰宅後や休日にも上司からの電話対応を求められ、精神的な負担が相当なレベルに達していたと指摘された。
佐伯労働基準監督署は2021年4月、滝本さんの自殺を労働災害と認定し、長時間労働とパワハラの両面が原因となった可能性が高いと判断した。
裁判の意義と専門家の見解
判決後、原告側の弁護士は「労働の相談で最も多いのはパワハラ事案だが、民事訴訟で勝訴するのは難しい。この裁判の結果が労働環境に良い影響を与えてほしい」と語った。
また、滝本さんの父親は「(会社内で)人を人と思わないパワハラに満ちたようなことが当然となっているのは残念。今後、海運業界を支えていく人たちが二の足を踏まないようにしてほしい」と涙ぐみながら訴えた。
企業に求められる再発防止策
厚生労働省の「職場のパワーハラスメント防止対策」によると、企業はパワハラを未然に防ぐために、以下の対策を講じるべきだとしている。
- 明確なパワハラ禁止方針の策定
- 社員教育を通じたパワハラ防止意識の向上
- 社内相談窓口の設置と、相談者への十分な対応
また、精神的負担が原因での自殺やうつ病などを防ぐために、労働時間の管理を徹底する必要もある。特に、過重労働が恒常化している業種では、労働環境の見直しが重要だ。
まとめ:悲劇を繰り返さないために
今回の裁判は、パワハラが原因で命を落とした労働者の無念が明らかになった象徴的な事例だ。滝本さんの両親は「このような悲劇を二度と繰り返してほしくない」と訴えている。そして企業には、パワハラが許されない環境作りや、従業員の心身の健康を守るための具体的な対策が強く求められている。