
伝統の始まりと、予防への真剣な思いやり
この無料コンドーム配布の歴史は、1988年のソウル夏季オリンピックに遡る。
当時はエイズ(HIV/AIDS)の世界的な流行が深刻で、若者への啓発が急務だった。IOCは選手村という多国籍の特別な環境で、安全な関係を促すため約8500個を初めて無料提供。恥ずかしい話題ではなく、健康を守る前向きなメッセージとして位置づけられ、以後すべての夏季・冬季大会で継続されています。1992年のアルベールヴィル冬季大会ではオリンピックリングカラーのデザインで約3万6000個が配られ、選手たちに笑顔を届けた。この取り組みは、単なる物資ではなく、選手一人ひとりの体と心を思いやる優しさの表れ。
しかし一方で、こうした配慮が「過保護すぎる」「アスリートとして自立すべき」と感じる人もいて、伝統の裏側に多様な視点があることを示している。
過去大会で繰り返された品切れと、そこから生まれる声
在庫切れは五輪の「あるある」ですが、毎回笑いと批判の両方を呼んでいる。
2000年のシドニーでは追加発注が必要になり、2012年のロンドンでは5日で品薄に、2016年のリオでは史上最多45万個(女性用10万個含む)を用意しても使用率の高さが話題になった。
冬季の2018年平昌では11万個がすぐに減少し、アダム・リッポン選手が後年「3000個持って帰った」とジョークで語ったエピソードは今も笑いを誘っていた。これらは試合後の解放感やお土産人気によるものだが、為末大選手がシドニー大会を振り返り「ウェルカムバッグに入っていて驚いたが、中南米の選手が自然に持ち帰る姿を見て恥ずかしくなった」と語ったように、文化の違いや「自分で用意すべき」という感覚が交錯するが、こうしたエピソードは選手の人間らしさを認めつつ、配布の是非を考えるきっかけにもなっている。
今大会の異例の速さと、批判が交錯する現実
ミラノ・コルティナ2026では約2900人の選手に対し当初1万個という控えめな在庫が、3日で底をつきました。
2024年パリ夏季の30万個(1人1日2個ペース)と比べ大幅に少なく、バレンタインデーのタイミングも重なって選手のエネルギーが爆発したようです。IOCのマーク・アダムズ広報担当者は「バレンタインの本格化の証拠」と笑顔で認め、組織委は追加補充を約束しましたが、匿名選手の「もっと届くと約束されたけどいつになるかわからない」という声がメディアで報じられました。
一方で、イタリア紙ラ・スタンパや米NBCなどは「初期在庫が少なすぎる」「準備不足」と組織委を批判。野口健氏もXで「アスリートなら自分で用意すべき」「配られて屈辱感を覚えないのだろうか?」と疑問を呈し、「性行為も五輪の一環として捉え」という報道の見出しに「凄い大会ですね…」と皮肉を交えました。これらの声は、選手の尊厳や自立を重視する視点から生まれていて、単なる笑い話では片付けられない現実を浮き彫りにしています。
SNSの笑いと批判、選手への複雑な眼差し
SNSでは「3日で1万個完売って熱すぎる」「お土産需要すごい」「五輪あるある更新」とジョークが飛び交う一方、「中学生選手もいるのにハレンチ」「税金で配るな」「自分で買えよ」といった厳しい意見も目立った。アルピニストの野口氏の発言を引用した投稿が多く、「トップアスリートがそんなもの配られて屈辱的では」「他の国際大会ではどうなの?」と共感する声が広がった。
海外でも「準備不足で選手が困ってる」「冬季なのにこんなに需要ある?」と組織委批判が主流だが、イタリアのロンバルディア州知事が「オリンピックの慣行を知らない人には変に見えるかもだけど普通」とフォローするように、伝統として受け入れる層もおり、この両極端な反応は、遠くから選手たちの人間らしさを見守る人々が、笑いながらも「本当にこれでいいのか」と問いかけている証だろう。
選手の活力と尊厳を守る、オリンピックの複雑な優しさ
コンドーム配布は感染症予防を超え、選手が全力で競技に臨みながら人間として生きる権利を尊重するメッセージです。
禁欲的なトレーニングの果てに訪れる解放の瞬間を安全に迎えられる環境を整えることは、オリンピックが掲げる「より良い人間づくり」の一端ですが、野口氏のような声が指摘するように「アスリートの誇りや自立を損なうのでは」という懸念も無視できないが今回の品切れ騒動は、笑いとともに選手の活力、組織の思いやり、そして批判的な視点が交錯する中で、多様な人間性が輝く場であることを教えてくれた。過去の教訓から学び、次回の大会でよりバランスの取れた形で続くことを願っている。五輪は金メダルだけでなく、こうした複雑で温かな人間ドラマが続く場所、選手たち一人ひとりが心も体も健やかに、未来へ向かって輝き続けられますように。



