
「カリ、カリカリカリ」。
南国の夜、奄美市のホテルのフロント脇に置かれたスーツケースから、異様な音が漏れていた。観光客の荷物にしては不自然すぎるその気配が、やがて国の天然記念物5200匹の密猟という前代未聞の事件を白日の下にさらすことになる。
世界自然遺産・奄美大島で相次ぐ希少生物の違法捕獲。その背景には、高額で取引される海外市場と、日本の法制度が抱える“甘さ”があった。
スーツケースに詰め込まれた「島の宝」
事件が起きたのは、鹿児島県の奄美大島。
昨年5月、奄美市内のホテルで、支配人が異変に気付いた。フロントで預かっていた三つのスーツケースから、何かが内側をひっかくような音が続いていた。
宿泊していたのは中国人の若い男3人。約1週間にわたり連泊し、昼間は外出せず、動くのは夜ばかり。チェックアウト後の客室では、カーテンレールをはうヤドカリの姿も見つかっていた。
「ただ事ではない」。
支配人は直感し、環境省職員を通じて警察に通報。スーツケースを開けた瞬間、洗濯ネットに詰め込まれた大量のオカヤドカリが姿を現した。
最終的に押収されたのは約5200匹、重さ約160キロ。フェリー乗り場近くの茂みに隠されていたケースも含まれていた。
1週間で5200匹 計画的な乱獲
逮捕された男らは、文化財保護法違反の疑いで奄美署に身柄を拘束された。いずれも香港から来島したとみられ、「販売目的だった」「日本の法律に違反することは分かっていた」と供述している。
警察によると、3人は島内五つの海岸を巡り、約1週間かけて素手でオカヤドカリを集めていた。
単なる衝動的行為ではなく、相場や生態を理解したうえでの計画的密猟だった可能性が高い。
1匹2万円 海外市場が生む“静かな需要”
オカヤドカリは1970年に国の天然記念物に指定され、原則として捕獲・移動・販売は禁止されている。
国立環境研究所の研究者によると、中国や台湾では近年、観賞用として人気が高まり、特に色鮮やかな個体は1匹2万円前後で取引されることもあるという。
日本産の個体は比較的大きく、夜間に容易に見つかる。
「摘発のリスクを冒してでも狙う価値がある」。そう判断する密猟者が後を絶たない現実がある。
罰金30万円 抑止力は十分なのか
男らは略式起訴され、罰金30万円の略式命令を受けた。
だが、5200匹のうち約700匹は、証拠品として保管される間に死んだ。
「成功すれば数千万円、失敗しても30万円」。
ネット上には、こうした“割に合う犯罪”を許す法制度への怒りが噴出している。
専門家からも「摘発されているのは氷山の一角だ。罰則強化なしに密猟は止まらない」との指摘が相次ぐ。
世界自然遺産を守れるのか
環境省や自治体はパトロールを強化しているが、島しょ部では人手にも限界がある。今回の摘発は、ホテル関係者が規制を理解し、異変に気付いたことが決定打となった。
奄美の自然は、観光資源であると同時に、取り返しのつかない生態系でもある。
密猟を防げるかどうかは、法律だけでなく、地域全体の「気づき」と連携にかかっている。



