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宮根誠司が「ミヤネ屋」終了を決断 20年続いた昼の王者に「やっとか」「朗報」が噴き出した必然

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「情報ライブ ミヤネ屋」
「情報ライブ ミヤネ屋」公式サイトより

平日昼の情報番組の象徴として20年以上続いた「情報ライブ ミヤネ屋」が、今秋にも放送終了する見通しとなった。司会の宮根誠司62歳が自ら番組終了を申し出たとされるが、X上では惜別よりも「やっと終わる」「朗報」といった反応が圧倒的だ。なぜ長寿番組の幕引きは、拍手ではなく安堵と皮肉で迎えられたのか。視聴率の数字だけでは見えない“嫌われ続けた昼の顔”の正体を掘り下げる。

 

宮根誠司が自ら下した「ミヤネ屋を終わらせる」という決断

宮根誠司が司会を務める「情報ライブ ミヤネ屋」が、10月期改編をもって終了する方向で調整されている。この事実を最初に伝えたのは「女性セブン」だ。注目すべきは、番組終了が局側の打ち切りではなく、宮根本人からの申し出だったとされている点にある。

関係者によると、宮根は2年前に還暦を迎えた頃から「このまま安定にしがみつくのではなく、最後に勝負したい」という思いを強めていたという。昨年夏、番組が放送開始20周年を迎えたことで、その決意は決定的になった。読売テレビ、日本テレビの上層部は必死に慰留したとされるが、宮根の意思は固く、10月改編での終了が受け入れられた。

しかし、この“自ら幕を引く決断”は、往年の名司会者に向けられがちな「潔い」「英断」という評価にはほとんど結びつかなかった。むしろ世間では、「逃げ切った」「叩かれる前に降りただけ」と冷ややかな見方が広がっている。

 

視聴率は最後まで強かった それでも「数字では測れない拒否反応」

ミヤネ屋終了の理由として、裏番組「ゴゴスマ〜GOGO!Smile!〜」の台頭が挙げられることは多い。ただし、実態は単純な視聴率競争の敗北ではない。世帯視聴率では接戦が続いていたものの、13歳から49歳を対象とするコア視聴率では、ミヤネ屋は直近まで同時間帯首位を維持していた。

それでも番組が終わるという事実は、「数字は取れても、嫌われている」という致命的な矛盾を示している。強い口調で断定し、相手を追い詰める手法は、かつては“歯に衣着せぬ司会者”として評価された。しかし時代が進むにつれ、そのスタイルは「説教臭い」「決めつけが強い」「上から目線」と受け取られるようになった。

視聴者が求めていたのは、怒鳴る司会者ではなく、整理し説明する語り部だった。その役割のズレが、数字以上に番組の寿命を縮めていった。

 

炎上と問題行動の積み重ねが生んだ「もう見たくない」という感情

ミヤネ屋の信頼を最も大きく損ねたのは、司会者自身が炎上の当事者となり続けた点だ。

2014年の隠し子告白は、その象徴である。宮根は番組内で事実を認め謝罪したが、昼の情報番組に求められる「生活者目線」「信頼できる語り手」という前提は、この時点で大きく揺らいだ。

さらに2024年、韓国ソウルでの路上喫煙問題が発覚する。喫煙禁止区域で電子タバコを吸う姿が拡散され、翌日の放送で謝罪したものの、「他人の不祥事には厳しく、自分には甘い」という批判が噴出した。謝罪翌日の番組欠席は、「反省より回避」と受け止められ、イメージ悪化に拍車をかけた。

加えて、猪口邦子議員宅火災で死亡者とみられる人影を含んだ映像を放送した件、JA全農備蓄米報道での誤り、故ク・ハラさんの自宅前からの中継など、放送倫理を疑問視される事例が続出した。

これらは偶発的なミスではなく、「視聴率優先」「インパクト重視」という番組体質が生んだ必然だったとの見方が強い。

 

偏向報道批判が決定打に 「私刑ワイドショー」という烙印

近年、ミヤネ屋に最も深刻なダメージを与えたのが偏向報道批判だ。2024年の松本人志性加害疑惑報道では、週刊文春の主張を連日大きく扱う一方で、松本側の反論や疑問点はほぼ紹介されなかった。

松本側代理人弁護士は読売テレビに抗議文を提出し、「不適切な偏向報道」「事実と異なる内容」と強く抗議。BPOへの申し立ても検討されたとされる。旧統一教会問題では追及姿勢が評価されたが、自民党関連の話題では踏み込みが弱いとの声も多く、「都合のいい正義」「私刑をエンタメ化している」との批判が定着した。

この頃から、ミヤネ屋は「情報番組」ではなく「断罪ショー」として見られるようになり、信頼回復は極めて困難になっていった。

 

Xで噴出した「朗報」「やっとか」 惜しまれない最終章

終了報道後のXでは、歓迎と皮肉が支配的となった。

「超絶朗報」「今まで続いていたのが異常」「むしろ遅すぎる」といった投稿が連鎖し、惜しむ声はほとんど可視化されていない。

へずまりゅう氏による「朗報 偏向報道の象徴が終わる」投稿は突出した反応を集め、同調する引用投稿が大量に発生した。特徴的なのは、強い主張よりも、ニュースリンクに短い皮肉を添える投稿が多い点だ。これは、番組への不満が特定層ではなく、広く薄く共有されていたことを示している。

ミヤネ屋は最後まで一定の数字を維持した。それでも終了が歓迎された現実は重い。視聴率と信頼は一致せず、炎上と偏向批判を積み重ねた結果、番組は静かな拒絶を受け続けていた。

宮根誠司が掲げた「正体不明の番組」という言葉は、最終的に「軸を失ったワイドショー」として記憶されることになりそうだ。ミヤネ屋の終焉は、一つの番組の終わりではなく、旧来型ワイドショー手法そのものの限界を示す象徴的な出来事と言える。

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ライター:

千葉県生まれ。青果卸売の現場で働いたのち、フリーライターへ。 野菜や果物のようにみずみずしい旬な話題を届けたいと思っています。 料理と漫画・アニメが大好きです。

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