
生活保護は「申請しても追い返される制度」なのか。福岡市で発生した母子死亡事案をめぐり、「生活保護を断られた」という情報がSNSで拡散した。しかし、市はこれを否定し、誤情報への対応に踏み切った。今回の事例は、制度への誤解がいかに支援の機会を奪い得るかを浮き彫りにした。生活保護の基本原則と申請の仕組みを整理し、誤情報がもたらす影響を検証する。
誤情報が広げた「断られる」という印象
「区役所で生活保護を断られた」――。
そんな言葉がSNSで拡散した福岡市の母子死亡事案をきっかけに、生活保護制度をめぐる誤解が一気に広がった。
だが、その前提自体が事実ではなかった。
福岡市は、誤情報を発信した投稿者について、発信者情報開示請求の手続きを進める考えを示した。
背景には、制度への不信が、支援を必要とする人を遠ざけかねないという強い危機感がある。
「申請しても追い返される」は事実だったのか
問題となったのは、「生活保護を申請して断られた母子3人が死亡した」という趣旨の投稿である。
XやTikTokなどで動画が拡散し、市役所には真偽を問う問い合わせが相次いだ。
これに対し福岡市は、「申請を断った事実はない」と明確に否定した。
市によると、電話やメールによる問い合わせは約60件に上り、最長で1時間に及ぶ通話もあったという。
実は知られていない「生活保護申請の原則」
ここで押さえておくべきなのが、制度の大前提である。
生活保護の申請は、原則として行政が断ることはできない。
本人に申請の意思があれば、自治体は申請を受理し、調査・審査を行う義務を負う。
「対象外だから」「家族に頼れるから」といった理由で、申請そのものを受け付けない対応は制度上認められていない。
生活保護とはどういう制度か
生活保護は、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化する制度である。
病気や失業、高齢、障害などにより自力で生活できなくなった人に対し、国と自治体が最低限の生活費を保障し、自立を支援することを目的とする。
支給内容は現金給付が中心で、食費や光熱費に充てる生活扶助、家賃相当分の住宅扶助、医療費を公費で賄う医療扶助などがある。
単なる金銭給付ではなく、ケースワーカーによる相談や就労支援も制度の一部である。
生活保護を受給するまでの手順と支給条件
受給までの手順
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| ① 相談 | 市区町村の福祉事務所で生活状況を説明する |
| ② 申請 | 申請書を提出。申請意思があれば原則として受理される |
| ③ 調査 | 収入、預貯金、不動産、扶養状況などを調査 |
| ④ 審査 | 最低生活費と収入を比較し、支給の可否を判断 |
| ⑤ 決定 | 原則14日以内、最長30日以内に開始または却下を決定 |
| ⑥ 支給 | 現金給付や医療扶助が始まる |
主な支給条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 収入要件 | 世帯収入が最低生活費を下回っていること |
| 資産要件 | 活用可能な預貯金や不動産がない、または使い切っていること |
| 他制度優先 | 年金や手当など、利用できる制度を活用しても生活が成り立たないこと |
| 扶養の扱い | 親族から援助が受けられない、または現実的でないこと |
| 能力活用 | 就労可能な場合は就労努力を行うこと |
「断られる」と「不支給」はまったく別物
混同されがちだが、「申請を断られる」ことと、「審査の結果、不支給になる」ことは異なる。
申請は誰でもできるが、収入や資産状況を調査した結果、支給に至らないケースはあり得る。
今回の誤情報は、この違いを飛び越え、「申請=追い返される」という印象を一気に広げてしまった。
誤情報が生む“二次被害”という現実
福岡市が厳しい対応を取った最大の理由は、名誉や業務への影響だけではない。
誤情報によって、「どうせ断られる」「相談しても無駄だ」と考え、窓口に来なくなる人が出ることへの危惧である。
生活保護は、申請しなければ支援につながらない制度である。
誤った情報が広がること自体が、制度利用を妨げる新たな障壁になりかねない。
検証と批判は必要だが、事実が土台でなければならない
生活保護をめぐっては、過去に窓口対応が問題となり、是正が求められてきた経緯がある。
制度運用を検証し、改善を求めることは不可欠である。
しかし、確認されていない事実を断定的に語れば、最も影響を受けるのは支援を必要とする当事者である。
「断られない」という基本が守られてこそ制度は生きる
生活保護申請は原則として断れない。
この制度の基本が正しく共有されることが、支援を必要とする人を守る第一歩となる。
誤情報への対応と、制度への信頼回復。
福岡市の対応は、その両立の難しさを社会に突きつけている。



