
和歌山県の紀州梅が2024年、2025年と2年連続で不作に見舞われ、2025年は深刻な雹害が追い打ちをかけた。原料不足を背景に中国産梅へのシフトが検討される一方、X上では国産梅を守ろうとする応援の声が拡散している。傷ついた梅を無添加の梅肉チューブとして生かす梅ボーイズの挑戦と、中国産リスクを巡る消費者の選択が、紀州梅の未来を左右しつつある。
想定を超えた雹被害 生産現場に突きつけられた2025年の現実
2025年の和歌山県は、梅の生産地にとって極めて厳しい年となった。開花後の天候不順に加え、各地で雹が降り、果実の表面に深い傷が入った。見た目の問題から生果として出荷できない梅が大量に発生し、規格外品の割合は例年を大きく上回った。
不作は2024年から続いており、2年連続で収穫量が落ち込んだことで、生産者の経営は限界に近づいている。加工業者も原料確保に苦慮し、産地全体が不安定な状態に置かれているのが実情だ。紀州梅は全国的なブランドとして知られてきたが、その基盤が揺らいでいる。
業界で浮上する中国産シフト 量は確保できても信頼はどうか
原料不足を理由に、中国産梅へのシフトを検討する動きが業界内で浮上している。
しかし、この判断は本当に現状を打開する現実的な選択肢なのだろうか。問題は、中国産を選べば「量の問題は解決する」という発想そのものにある。
確かに、中国産は生産規模が大きく、短期的には原料を安定的に確保しやすい。だが、それはあくまで供給側の論理に過ぎない。紀州梅がこれまで支持されてきた理由は、単なる数量や価格ではなく、産地として積み重ねてきた信頼と物語性にあった。その根幹を成す原料を国外に依存することは、自らブランドの前提条件を崩す行為とも言える。
さらに、中国産シフトには「今をしのげばよい」という短期的視点が色濃く表れている。だが、紀州梅は1年や2年で評価されてきた産品ではない。長年にわたり、品質や安全性、生産者の姿勢を通じて築かれてきた価値は、一度失われれば簡単には取り戻せない。原料の出自に疑念が生じた瞬間、その信頼は大きく揺らぐ。
業界が本来向き合うべき課題は、量をどう補うかではなく、不作や雹害という逆境の中で、いかに国産資源を生かし続けるかという点にある。中国産への切り替えは、問題の先送りにはなっても、解決にはならない。むしろ、紀州梅というブランドの将来に新たな不安要素を持ち込むリスクをはらんでいる。
問われているのは、供給の論理ではなく、産地としての覚悟だ。量を優先するのか、信頼を守るのか。その選択が、紀州梅の行方を大きく左右する。
規格外梅を価値に変える選択 梅肉チューブという可能性
こうした厳しい状況の中で注目を集めているのが、梅ボーイズの取り組みだ。雹などで傷が付いた梅を廃棄せず、無添加の梅肉チューブとして商品化することで、新たな価値を生み出している。
見た目に難があっても、味や品質は変わらない。チューブ状にすることで、おにぎりや冷やし麺、ドレッシングなどに手軽に使える点が評価され、利便性と食品ロス削減を両立させた商品として支持を広げている。
Xでは「思った以上に使いやすい」「毎日の料理で無理なく消費できる」といった投稿が相次ぎ、定期便を申し込んだという報告も見られる。規格外という理由で価値を失っていた梅が、日常の食卓で新たな役割を得ている。
Xで可視化された国産支持 応援投稿が示す消費者心理
今回の紀州梅を巡る動きで特筆すべきなのは、X上に現れた国産支持の声が、感情的な炎上や一過性の同情ではなく、極めて生活実感に根ざした言葉で語られている点だ。企業や団体が主導したキャンペーンではなく、消費者自身が「知ってしまった現状」に対する反応として、応援の意思を言語化している。
実際の投稿を見ていくと、その多くは強い言葉ではなく、静かな決意に近い。
「雹被害の話を知って、もう中国産で代替するのは違うと思った。できる形で国産を選びたい」
「傷があるから捨てられる梅があるなら、チューブで使える方がずっといい」
「安さより、どう作られているかを知って買いたい」
これらの声に共通しているのは、価格やお得感ではなく、「納得できる選択をしたい」という意識だ。国産梅を選ぶことが、単なる嗜好ではなく、自分なりの判断基準になっていることがうかがえる。
また、「応援」という言葉が頻繁に使われている点も特徴的だ。
「買うことで少しでも支えになればと思って定期便にした」
「応援消費って言葉が軽く聞こえる時もあるけど、今回は本当にそうだと思う」
ここには、単発の購入では終わらせたくないという心理が表れている。投稿の中には「続けて使う」「日常に取り入れる」といった表現が多く見られ、同情や善意ではなく、継続を前提とした関与が選ばれている。
Xという場は、こうした消費者の内面を可視化する役割を果たしている。誰かの投稿を見て状況を知り、共感し、自分の選択を言葉にする。その連鎖が、国産支持という空気を形づくっている。
消費者はもはや、ただ商品を消費しているのではない。どんな背景を知り、どんな未来に関わるのか。その問いへの答えが、「応援」という言葉に集約され、X上に積み重なっている。
スーパーで進む中国産離れ 売り場が映す現実
小売りの現場では、その意識がよりはっきりと表れている。複数の食品関係者によると、中国産の梅や関連商品は値下げしても手に取られにくく、棚に残るケースが少なくないという。
「紀州産だと思って手に取ったが、中国産と分かって戻した」
「家族に食べさせるものだから原産国は気にする」
こうした声は、原産国表示を重視する消費者が増えている現実を物語る。安ければ売れるという時代は終わりつつあり、信頼と安心が購買の決め手になっている。
国産梅を選ぶという意思表示 未来をつなぐ消費行動
国産梅の可能性を諦めたくない。その思いは、生産者だけでなく消費者にも共有され始めている。中国産に安易に依存するのではなく、今ある国産資源をどう生かすか。その1つの答えが、梅肉チューブという形で示された。
紀州梅は単なる原料ではなく、地域の歴史と人の営みが積み重なった文化だ。今年の不作と雹害は厳しい現実だが、挑戦を続ける人たちがいる。まずは現状を知り、日々の買い物で国産を選ぶ。その積み重ねが、紀州梅の未来を支える力になる。



